ボラとも先生A204:今回は前回(No.203)の続きです。まず、前回説明した❶規則【一】を以下に表現を少し変えて再掲します。
❶規則【一】:「ツ・チ」→「ㄹ」(ル)
(音読みの2字目の「ツ」と「チ」は韓国語のパッチムの「ㄹ」に対応する)
ここで、注意しておきたいことがあります。こうした規則は文を作るときの文法の規則ではなく、単語と単語の間の関係を示す語彙の規則です。つまり、こうした規則を知っていれば、単語を増やしたり、単語と単語の関係を理解するのに役立ちますが、会話に使えるかどうかは保証できません。
会話というものは文法規則に従って次々と単語を並べていく「短期記憶」に基づく作業ですが、語彙の規則はあたらしい単語を作ったり整理したりする「長期記憶」のためのものだからです。
今回は❶に続いて漢数字の「ニ」の対応規則について説明します。
「二」の音読みは「ニ」(ni)ですが、これは呉音です。ちなみに、漢音は「不二家」や「二郎」などの「ジ」です。そして韓国語では「이」(イ)といいますから、日本語のナ行(n-)で始まる音読み(呉音)は韓国語の母音(表記はㅇ)に対応していると考えられます。ただし、さらによく調べてみるとこの規則が当てはまるのはナ行のなかでも「ニ」と「ネ」だけのようです。
❷規則【二】:「ニ・ネ」→「ㅇ」(母音)
(「ニ」か「ネ」で始まる音読み(呉音)は韓国語の「ㅇ」(母音)に対応する)
たとえば、「ニ」(拗音を含む)と「ネ」で始まる音読み(呉音・漢音・慣用音)の漢字には次のようなものがあります。音読みの区別は『新潮日本語漢字辞典』(新潮社、2007)によるものですが、あまり使われない音読みがかなりあることに注意してください。
①「ニ」:「肉」(ニク・ジク)→「육」、「日」(ニチ・ジツ)→「일」、「人」(ニン・ジン)→「인」、「仁」(ニン・ジン)→「인」、「任」(ニン・ジン)→「임」、「賃」(ニン・ジン・チン)→「임」…
②「拗音」:「女」(ニョ・ジョ)→「여/녀」、「乳」(ニュ・ニュウ)→「유」、「柔」(ニュウ・ジュウ)→「유」、「入」(ニュウ・ジュウ)→「입」、「若」(ニャク・ジャク)→「약」、「弱」(ニャク・ジャク)→「약」…
③「ネ」:「寧」(ニョウ・ネイ)→(영/녕)、「熱」(ネツ・ゼツ)→「열」、「年」(ネン・デン)→(연/년)、念(ネン・デン)→「염/념」、「然」(ネン・ゼン)→「연」、「燃」(ネン・ゼン)→「연」…
これを見ると、日本語では呉音がナ行(n-)、漢音がザ行(z-)かダ行(d-)に対応していることがわかります。
前回も述べましたが、日本語の漢字の音読みは「漢音」が代表的なものと思われていますが、数字などよく使う基本的な単語は、古い時代に朝鮮半島経由で日本に入ってきたと言われている「呉音」で読むことが多いことから、韓国語の漢字語はほとんどが「呉音」に対応していると考えられます。
ちなみに、「肉」という意味の韓国語はもちろん「고기」ですが、「육」は漢字語として生肉料理の「ユッケ」(육회)(←肉膾=肉なます)や「肉食」(육식)、「肉親」(육친)、「肉体」(육체)などで使われます。
また、「仁」(인)は日本では「仁和寺」(ニンナジ)というお寺が有名ですが、韓国では「インサドン」(←仁寺洞:인사동)や「インチョン」(←仁川:인촌)のように地名としてよく使われます。
「안녕」(安寧)や「여자」(女性)、「작년」(昨年)、「우유」(牛乳)、「유도」(柔道)などは初級の単語なので知っている人も多いと思いますが、注意しなければいけないことがあります。
数字の「ニ」(이)や「乳」(유)、「柔」(유)などはいつでも「ㅇ」(母音)に対応していますが、「寧」(영/녕)や「女」(여/녀)、「年」(연/년)など読み方が2通りある漢字は、単語の最初(語頭)に来たときは「ㅇ」に対応し、語頭以外では「ㄴ」に対応していることです。
このような対応関係は、韓国語だけを見れば、④A)と⑤A)のように語中では発音する「ㄴ」を、④B)と⑤B)のように語頭では発音しなくなると考えられるため、「頭音法則」と呼ばれています。
ただし、①~③のどの漢字に頭音法則が適用され、どの漢字に適用されないのかは予測できないため漢字ごとに覚える必要があります。
それに対して、次の⑥~⑧のように「ナ」、「ヌ」、「ノ」で始まる音読み(呉音・漢音・慣用音)の漢字の場合は、頭音法則が適用されることはないため、語頭でも「ㄴ」を発音することがわかっています。
⑥「ナ」:「内」(ナイ・ダイ)→「내」、「南」(ナン・ダン)→「남」、「男」(ナン・ダン)→「남」、「暖」(ナン・ダン)→「난」、「難」(ナン・ダン)→「난」…
⑦「ヌ」:「奴」(ヌ・ド)→「노」、「努」(ヌ・ド)→「노」、「怒」(ヌ・ド)→「노」…
⑧「ノ」:「納」(ノウ・ドウ・ナッ)→「납」、「能」(ノウ・ドウ)→「능」、「脳」(ノウ・ドウ)→「뇌」、「悩」(ノウ・ドウ)→「뇌」、「農」(ノウ・ヌ・ドウ)→「농」…
また、頭音法則が当てはまる①~③の場合でも朝鮮人民共和国(北朝鮮)の正書法ではそのまま「ㄴ」を書き、「ㅇ」に書き直すことはしないことになっています。
その上、頭音法則が適用されるのは漢字語に限られるため、固有語や英語などの外来語には頭音法則そのものが適用されません。
つまり、以上のことをまとめると、頭音法則が適用されるのは、韓国語の漢字語で語頭が「ニ」か「ネ」(韓国語では「니」「냐」「녀」「녜」「뇨」「뉴」)だけということになります。
しかし、頭音法則は①~③のようにナ行(n-)(韓国語では「ㄴ」)で始まる漢字だけではなく、ラ行(r-)(韓国語では「ㄹ」)で始まる漢字にも適用されますし、実は、こちらのほうが頭音法則に当てはまる漢字が多いのです。
これについては❻規則【六】:「ラ行」(r-)→「ㄴ」/「ㅇ」(母音)でまた触れたいと思います。
ちなみに、この頭音法則は日本語についても当てはまるのではないかと考えらます。なぜそう考えるかというと、日本語の国語辞典と韓国語の辞書を比較してみるとよくわかります。
韓国語の辞書では「ㄴ」と「ㄹ」で始まる単語が少なく、そのため「ㄴ」と「ㄹ」のページ数がほかの文字よりも少なくなっています。
同じことが日本語の国語辞典にも見られるのです。ナ行とラ行のページ数を調べてみるとどの国語辞典でもほかの行よりもページ数が少ないことがわかります。ちなみに、以下のようなサイトもあります。
⑨「しりとりの必勝法」
https://sirabee.com/2014/10/11/4655/
ここで紹介されている単語の最初に来にくい文字は「る」<「ぬ」<「れ」<「ら」<「ね」だそうです。やはり、ラ行とナ行の文字で始まる単語が少ないからだと考えられます。
韓国語と日本語以外でそういうことがあるのかと思い、英語の辞書を見てみましたが、「n」や「r」や「l」のページ数が特に少ないということはありませんでした。