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軽きに泣きて三歩歩まずのこころ

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三橋貴明著「自民党の消滅」を読んだ。読む前は自民党のダメ出しを書いた本かと
思ったが、そうではなかった。確かに、この本の最初と最後に自民党と安倍晋三の
戦後最悪の失政のことは書いてあるが、それは、三橋貴明が主張したいことに比べたら
些末なことである。この本で述べられていることは、もっと本質的、かつ
重要なことで、おそらく三橋貴明自身が初めて示した新しい視点から、今のままの政治を
続けていけば日本の民主制は崩壊するだろう、という警鐘である。

三橋は、このことを主張するために、人権、国家、統治形態から説き起こし、
世界的な視野から、古代からの統治の歴史を傍証として、積極的に論理を展開して
いるので、わかりやすく説得力がある。また、エドマンド・バーク、トクヴィル、
ルソー、アダム・スミス、ホッブス、ジョン・ロックなど、多くの思想家の考えを
援用して政治や経済を分析し、説明している。その説明は大変説得力があると私は
思った。

この本の骨子は次の通りである。

民主制は欠陥があり、間違った方向へ向かう可能性も
ある政治形態であるが、しかしこれよりも良い政治形態もない。この民主制は
封建制度を基盤にして発達してきた。だから、民主制は封建制度があった西ヨーロッパと
日本で根付いている。他の地域の民主制は、封建制度という基盤がないので、
脆弱である。

民主制にとって、国民意識あるいは国民の連帯意識、すなわちナショナリズムは
絶対必要な概念である。なぜかと言えば、民主制に必須な選挙には、少数派が
結果を受け入れ、多数派は少数派に配慮するという前提が必要であるが、それを
可能にしているのが国民の連帯意識すなわちナショナリズムだからである。

民主制は道具である。絶対視するのは危険である。例えば、貧困化すれば不満が
沸き起こり、そこからルサンチマンが生じて、ナショナリズムが崩壊し、
遂には民主制も崩壊する。つまり、国民の豊かさや安全性を高める政策、
すなわちルソーの一般意志を共有する連帯意識であるところのナショナリズムが
なければ国民は多数決を受け入れられなくなり反目と対立が生まれてしまうのである。

ヒト、モノ、カネの国境を超えた移動の自由化、すなわちグローバリズムは
ナショナリズムを崩壊へと導く。議員制度の間接民主制では、ロビイストや
民間議員の介在によって一般意志とは一致しない政策が進められ、グローバル化
へと政治や経済が展開する。その典型が「財政均衡主義」である。このせいで
日本の国民総生産は全く増えず、国民は貧乏になっている。この流れは
ナショナリズム崩壊への流れであり、民主制崩壊につながる。

今の日本では、移民化政策などに見られるように、政府はグローバル化へ大きく舵を
切った。「財政均衡主義」はナショナリズムからは正当化できない。日本国民は
ナショナリズムを喪失しているから「緊縮財政」が続いている。
日本のナショナリズムの3つの柱は、日本国民、日本語、皇統である。
今の自民党の、「国民の一般意志」を無視し、ナショナリズムを踏みにじる政治が
続けば日本の民主制は終わり、政党の役目を終えるときが来るだろう。
そのときは、もちろん自民党も消滅している。

以上が三橋貴明著「自民党の消滅」の梗概である。他にも、人権の話、経済や政治の
実例、統治形態、権威と権力、安倍晋三の器、日本古代史、日本の近代化と
グローバル化、明治維新の新しい見方、などなど大変面白いことが満載だった。
大変勉強にもなった。高校生でも十分理解できるように書いてあるので、
できるだけ多くの高校生や大学生が是非とお読むべきだろう。これまで
三橋貴明氏の本は3冊ほど読んだことがあるが、この本は最も面白かった。