大谷選手の活躍に思う | 軽きに泣きて三歩歩まずのこころ

軽きに泣きて三歩歩まずのこころ

ブログの説明を入力します。

私が子供の頃、月刊誌の「冒険王」「少年」「少年画報」や、週刊誌の
「少年サンデー」「少年マガジン」には長島選手や王選手、相撲の朝潮が
子供と並んでいる写真が表紙を飾っていた。時々、病院に入院中の子供を
見舞って元気付けたという記事も載っていた。

なぜこの話を思い出したかというと、年老いてきて少しずつ体が効かなく
なり、元気が失われつつある中で、大リーグで大谷選手が活躍するところ
をテレビで見ると、明らかに元気が湧いてくるのが分かったからだ。

長島選手や王選手に見舞いに来てもらった子供たちはさぞかし元気に

なったのではないかと今では実感できるようになった。これは若いうちは

感じられないかもしれないが、若い人たちが元気溌剌として活躍する姿を

見るのは年寄りには本当に嬉しい。元気が湧いてくるのだ。将棋指しの

藤井聡太さんにも同じような希望と元気を与えられる。囲碁の井山名人も

同じだ。

スポーツや將棋、囲碁の世界でこのような桁外れの若い人が出てくるのは
日本の新しい胎動を感じるようで、本当に嬉しい。

私は若い時に野球を少し経験したので、日本のプロ野球も好きで
テレビで常々観戦していた。「佐々木信也のプロ野球ニュース」は毎日
欠かさず見ていた。しかし、巨人の原辰徳が、春季キャンプでキャンプの
間囲っていた愛人との関係を金銭で整理するのに、中畑清を介して
暴力団を使って1億円で片をつけさせたという事件があってから、
私は日本のプロ野球を見るのを止めた。原辰徳と中畑清が反社会的勢力と
関係を持ったのに、以後きっぱりとプロ野球と縁を切るということもなく、
まともにけじめをつけるでもなく、ずるずるとプロ野球の世界に、
しかも監督までして居続けるのに我慢ができなかったからだ。
今の日本のプロ野球は本当に面白くなくなった。野球が好きだった
私でさえそうなのだから、他の人はなおさらであろう。プロ野球選手の
OBはその咎を償うべきである。

なぜ日本は悪いことをしても、なあなあで済ませてしまうようになった
のだろうか。政治でも、実業界でも、悪いことをすればテレビの前で
頭を下げておしまいになった。首相でも、真摯に反省するという
一言で免罪されてしまうようになった。
https://ameblo.jp/strana/entry-12361106930.html
これでは悪いことのやり得ではないだろうか。こんなことでは規範という
ものが失われてしまう。

戦後日本には朝鮮人が居付くようになった。在日朝鮮人は30年ほど前は
約60万人いたというが今はもっと減っているらしい。しかし、帰化した
人を含めれば、その倍から3倍近くいるのではないかと思う。良く知られて
いるように、その中の一部は反社会的だったり、悍ましい事件に関わって
いる場合が多い。連れ子を強姦し多額の保険金を掛け、放火して殺害した
として無期懲役が確定しても、再審で無罪になった東住吉事件は一体なん
だろうか。

裁判もおかしくなっている。この件だけではないのだ。いろいろな面で
社会の規範性が薄れてしまっているような気がする。つまり、そういう
ケースの存在が日本社会の規範性の底を破ってしまったのではないだろうか。

悪いことをしても、潔く罰を受けようとしない。しないどころか、
同じポストに居座って職責を全うするのが責任だと放言するものが多い。
責任とは、職責にある間不始末を起こさないということである。
その責任を全うできなかった時に、相応の罰ないし賠償に甘んじるという
のが本来である。江戸時代で言えば切腹お家取り潰しである。

責任という意味が曖昧になってきたのかもしれない。責任の意味が
おかしくなったのは、法律用語の民事責任、あるいは刑事責任という
用法が影響しているのかもしれない。民事賠償責任あるいは刑事賠償責任と
呼ぶようにしたほうがよいのだろう。

いずれにしても、日本は変わってしまった。日本のプロ野球には
もう長島選手や王選手は出てこないだろう。代わりに大リーグで
活躍する日本選手が出てこないといけなくなった。まあ、それでも
良いが、本当は日本のスポーツ界でも純粋に元気をもらえる若い選手が
出てきて欲しかったのである。

しかし、野球以外では、卓球の平野美宇選手、伊藤美誠選手は
そういう若い人たちだ。ぜひ活躍して欲しい。プロ野球のようには
なって欲しくないものだ。