早稲アカは講師をコロコロ代えすぎ? 


浜学園に比べて、早稲アカは講師の交代が頻繁に起きる印象です。


こぐまが通っている校舎では社会でその傾向が顕著です(また最近も代わったとかなんとか…凝視もうこの2年で6人以上は代わってるのでは?)が、フォローさせていただいている他ブロガーさんを見る限り、教科問わず講師の交代はそこそこの頻度で起きているようです。



今のところ、4年生から代わっていないのは算数の先生(=校舎の小学部責任者)だけ。理科も信頼していた先生がいつのまにか代わっていました。



他方、私が浜学園で小4のクラスを受け持ったとき(当時大学2年生)、小4→小5の2年間で算国理の先生は全く交代しなかったと記憶しています。


この差は一体どこからくるのでしょうか?



塾側の都合で交代することが(ほぼ)ない浜学園 


職人技の講師配置係


浜学園は、講師配置係というのが本社にあり、職人技でどの教室にどの先生を充てるかを決めていきます。


講師本人の都合(特に学生講師は学業の関係で対応不可の曜日が発生しがち)、各講師の力量、得意学年/クラス帯、各校舎の要望(◯◯先生を配置してほしい/△△先生は出禁とか)、コースの要望(〇〇教室の上位クラスは〇〇コース担当講師で固めたい)、講師同士の人間的相性まで、あらゆる事情を考慮してのポスト配置はまさに職人技です。


一つエピソードを紹介すると、私が講師としてある程度ベテランになった頃、長年講師配置係をやられていた方が、ご家庭の事情で少しの期間別の方に交代になったことがありました。すると、急に私に「小1」とか「小2」の季節講習やピンチヒッターの依頼が来るようになって辟易したことがありました凝視


基本早口で、限られた時間で多くの情報を整理して体型的に伝達することが得意なくま先生は、小6〜中3を得意としており、小1はこのとき初めてやって全く自分の話が伝わらず、散々な目に遭いました(笑 やはり講師には適性というのがあるのです。それを見極め、最適なクラスに最適な人材を配置するのが講師配置係の力量です。


一度配置されたポストは剥奪されない!


ここが大事なポイントですが、一度講師に配置されたポストは、通年講座、志望校別特訓、季節講習の別を問わず、本社(講師配置係)の都合でポストが剥奪されることはありません(少なくとも私が講師として在籍した時代には聞いたことがありません)。 


すなわち、通年講座のポストをもらった講師は、自己都合で降板する以外には、原則そのポストを通年受け持つことになります(恐怖の授業アンケート結果による強制降板という仕組みがあるのですがその話はまた後日)




責任を持って1年間を担任!


一年間そのクラスを受け持つことが決まった講師は、当然責任感も芽生え、クラスの一人一人の名前や顔はもちろん、 性格や学習態度、成長の過程を的確につかもうとします。


また、生徒側も先生への信頼感を深め、学習意欲の向上にもつながっていると思います。



塾側の都合で講師がコロコロ代わる早稲アカ 


一方、早稲アカです。


早稲アカの講師交代は、その頻度から見て、講師都合でなく、明らかに塾側の都合です。


塾側の都合の詳細をうかがい知ることはできないので邪推の域を出ませんが、校舎の多数新設に伴う講師不足(新設校舎にはまず安定感のあるベテラン講師を配置させ、落ち着いたら学生講師に交代させ、ベテラン講師はまた別の新設校に赴く…とか?)、NN平日講座の存在(有力講師がNN平日講座にとられるため、その講師が平日持っていた通年講座の講師変更が余儀なくされ、玉突き的に講師が交代する…とか?)、多くの講師が複数教科を教えられるため、講師配置の融通がしやすい(とりあえず校舎内で手の空いている講師を適当に配置してもなんとかなる…とか?)などが考えられる理由でしょうか。



端的に言えば、浜学園のような1年間(あるいはもっと先)を見越した講師配置のノウハウが早稲アカには備わっていないということなのでしょう。


早稲アカも、せめて最上位クラスだけでも、同じ講師が通年教えるシステムにしたほうが、保護者や生徒にとって安心感を与えると思うのですが、いかがなものでしょうか凝視 !



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ブログの紹介にっこり
 
元浜学園国語科講師で自身中学/大学/院/国家Ⅰ種/司法試験とあらゆる試験を一発合格してきた自称「受験のプロ」で、現役弁護士でもある「くま先生」が、国語が大の苦手な息子のこぐま(早稲アカから27中受予定)に伴走する受験記

 

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