総合病院と開業医
実は土曜日、午後から休暇をとり転院した「開業医」の所に行ってきた.。
骨折のいきさつから今日に至るまでを細かく聞かれた。
他の患者がいなかったせいもあり、結構な時間院長と話をしていた。
ただ、この先生は傷からの出血がやはり気になるらしくまたしても「抗生剤」の注射があった。
「抗生剤」飲んでるのに注射も必要なんですか?」
と聞いてみると
「薬のほうは「好気性細菌」。
注射のほうは「嫌気性細菌」への対応なんだそうな。
入院したところ病院では「ゲンタシン軟膏」塗ったただけけどね。
医師によって処置がこうも違うのかと興味深い。
ただ、「開業医」の先生の出した痛み止めは効かない。
全然効かん。
薬の名前は「ロルカム錠」。
調べてみるとボルタレンやロキソニンなんかより効き目は低いらしい。
たしかに自分の足が低いことを証明している。
医師にそう伝えると「じゃ座薬出します。1週間分」といってボルタレンサポ処方
???
どうもこの先生は錠剤のボルタレンやロキソニンが嫌いなのだろう。
でないと段階的に強い薬出すんじゃない?
まあ、痛みがなくなればなんでもいいけど。
また、週2回づつの通院がしばらく続く
チヌ釣ったどぉ~!!
先週まで足が痛いからおとなしくしとくと言ってたくせに舌の根が乾かないうちに赤坂海岸へ出かけた。
土曜日に病院の帰りにちらりと寄ってみたら
「ま~釣り人の少ないこと・・・・」
天気のいい土曜の夕方であったが閑散としていた。
しかし、幾人かのチヌ狙いのひとがいてみると何枚かあがっている。
俄然やる気がでてきたST・クーは「釣り具のポイント」へGO。
撒き餌とオキアミと買って、明日に備える体制がばっちり出来上がった。
翌朝6時に赤坂海岸到着。
撒き餌作りなんかして6時半ごろから実釣開始。
今日も釣り人は少ない。閑散としている
8時ごろヒット!!
しかし、チヌ独特のコンコンと首を振る動作がない。
そのうちグイーと横に走ったかと思うと下にもぐろうともする。
何だろう?
周囲の釣り人も竿がぐいぐい曲がりなかなか上がらないので集まってきた。
5分ぐらいやり取りしてやってきたのはこいつ↓
ボラ
今まで餌取りすらいなかった赤坂海岸に
もうボラが出てきている。
しかも2回連続でボラと格闘した。
生物反応のない2ヶ月間を過ごした私にとってはボラでも引き味を楽しむには充分である。
なんか魚釣りの楽しさがふつふつと蘇る。
それからしばらくあたりなしであったが、
夕方4時ごろまたしても浮きが消えた。
今度のあたりは頭をクンクンとふるチヌ独特の引き。
しかも手ごわい。
しばらく格闘ののちM島さんにタモ入れして貰った。
あがったのは42センチのチヌ
2月2日以来の2か月ぶりの釣果である。
終日立っていたため
足はかなり痛い
が、心は大満足である。
帰って料理のために腹を見てみたらこの個体はオスであった。
チヌって40㎝超えたらメスになるんじゃなかったの?
と思いつつ今日も刺身でいただきました
転院
今日開業医の整形外科を受診してきた。
いきさつを聞かれ、「これこれしかじかで行きたくなくなったから、以前の肋骨骨折時に診療してもらった先生の所へ来ました」と答えると
「あそこは救急病院だからねぇ」
と苦笑・・・。
レントゲンのCD持っていたので特に検査等はなし。
傷口を見たいので傷口を塞いでいるテープをはずすことになる。
傷口を見るなり、
「縫ってませんね」
と言われ、
「前の病院では内側から縫っているので傷は開きません」
と言われましたとこたえる。
と、その開業医「男性なのに埋没法か・・・」と感心していた。
なんでも皮膚の下で縫合し傷口が目立たなくなる縫合術とか。
しかし、技術と根気と時間がかかるためもっぱら美容整形や形成外科でしかほとんどしない方法なんだそうな。
通常の私のような抜釘手術tごときはホチキスでバチバチとやっておしまいがほとんどらしい。
出血の原因と腫れの状況、傷の状況は良好等きちんと説明してくれて消毒と念のために抗生剤の注射を打ち診察終了。
やっぱこの先生はいいわ。
患者の目線で話し方が柔らかい。
今回の出血は手術創があるため無理に押さえて止血してはだめで、足を高く上げて自然に止まるのを待つのが正解だったらしい。
骨に穴が空いているのでそこからの出血の可能性が高いと言われたのは前の病院の医師と同じであった。
明日も傷の消毒のため来るように言われ痛み止めと抗生物質を処方される。
明日はまたレントゲン入りのCDを持ってくるようにいわれ、骨折からの経緯をいろいろ聞きたいのだそうである。
ひとまず、「安心できる主治医」がようやく決まったみたいでほっとしている
手術後の初出勤は痛かった
手術後、一週間ぶりの出勤となった。
朝の間は普通に勤務ができたが、昼過ぎから足が痛み出す。
痛み止めのボルタレンを持ち歩いているが、昼食後に1錠、3時過ぎにさらに1錠を飲むほどに痛い。
昨日まで家でおとなしくしていたので出血騒動以外はそれほどでもないなと思っていたが、通常生活、つまり普通に歩いて仕事して、車の運転して・・・・の日常ではまだ痛む。
まあ、ある程度の期間は痛いだろうなとは覚悟していたのであるが・・・
さて、明日は「開業医」の整形外科に転院受診する予定である。
先の病院でもらったCTやレントゲンの入ったCDをもって。
再受診
昨日に引き続き整形外科を受診。
11時の予約なのに12時頃診察となる。
昨日の件があるので気分は完全にパグ状態である(いつも怒っている犬)
が、今回まではこの病院でと自分に言い聞かせる。
今日の医師は抜釘手術を行った医師。
昨日来ていたことに「ふむふむ」をカルテを見ながら頷き、
「血がでたんやね」と一言。
「たぶん骨からの出血だと思います。ボルト抜いたから、そこからでしょう」
「傷口は開いてないので大丈夫です」
「骨が埋まっていないので出血しますが、今後は少ないと思いますよ」
と何も聞かないのに解説してくれた。
こうじゃなきゃ。
プロなんだから。
そんな説明されると安心する。
医師はある意味「安心提供業」でもあると思うのである。
でもこの病院にはこうした患者に
「安心を与える」「不安を除いてあげる」という医師がいる一方で
患者が止血法を教えてくれといっても無視する医師もいる。
後者のほうが病院内では上級医なのか(?)
人格ははるかに下だ。
そんな病院は患者側の都合で申し訳ないが願い下げである。
次回の予約は○日ですと「予約カード」をくれたがゴミ箱直行と相成った。
自分も「取引先に安心を提供できる」仕事をしよう。
そのためには
・言葉使い
・笑顔
・知識・技術
が必需品だと思う
それらが自分に備わるよう精進しよう。
そう思う。
本当にそう思う。
「人の振り見て我が振り直す」
昨日の手術後の傷口からの出血格闘を受けて朝から受診した。
担当医でなく何故かその病院の整形外科部長さんが全患者と対応している。
しかも、看護師を結構な口調で叱っているのが待合室にもわかる。
順番的には早く病院に行ったので早々に受診。
さて問題の整形外科部長さんである。
明日の予定なのに何しにきたの?
みたいな質問をしたかと思うと
「出血ねぇ~・・・」と結構冷たい対応。
こちらは少しカチンと来る。
傷口の消毒をした後、ゲンタシン軟膏(外傷用の抗生剤クリーム)をヘラで塗っておしまい。
「昨日みたいに出血した場合の止血の仕方を教えてもらえませんか?
1時間くらい格闘したんです・・・」
とたずねてみた。
シカト・・・
「歩きすぎやね」
「明日また来てくださいね」
俺そんな答え聞いてねーし!!![]()
何様?
医師はそんなに尊大な態度をとっても許されるのか?
「あんた病院の標榜する理念に完全に反してるよ」と因縁をつけたくなった。
ちなみにその病院の理念は・・・
もういいや。どうでも
明日付け替えに行ったらよその病院で後処置をお願いするから
医師は「人の痛みや苦痛を和らげる」とても崇高な職業であり技術者であると私は思う。
でも患者を小馬鹿にするような態度をとる医師は
人としてどうかと思う
自分の仕事ぶりでこんな態度をとっていたらお取引先はさぞ不愉快だろうなと自分を振り返る
「人の振り見て我が振り直せ」である。
一人の患者が今日その病院を嫌いになった。医師の態度が横柄なせいで。
改めて思う
「人の振り見て我が振り直せ」である。
傷口が開く!!
朝目覚め、顔を洗っているとき気がついた。
足の手術部分がちかちか痛い。見ると傷当てパッドが血だらけだ。
びっくりして「そーっと」パッドをはずすと手術痕からタラーリタラーリと出血してる。
要するに傷口が開いている模様・・・
またかよ・・・・
今日は祝日なので病院は休日救急しかない。
こんな傷と出血程度で救急は無いだろうと、自力で止血を実施した。
とりあえず寝転がって足を高くして、滅菌済みのガーゼで傷口を指圧してみる。
10分たって出血が止まったが今度は別の場所から出血・・・・
こんなやり取りを1時間近く続けてやっと止まった。ふき取った血のついたティッシュと止血時のガーゼでゴミ入れは凄惨な様相である。
家内にドラックストアから傷パッドを買ってきてもらい傷口をようやく覆った
はぁ~疲れる。
病院は明後日に消毒と付け替えの予定であるが明日行ってこよー
抜釘手術(後編)
さて、手術当日の話である。
予定では12時から手術開始であったが、午前11時ごろ
「救急搬送で手術があってますので1時過ぎになるそうです」と看護師が伝えてきた。
昨日の夕食以来絶食・絶飲なので空腹にとのどの渇きに耐える。
取りたてて急ぐわけでもないので了解してたら、1時過ぎに「どうも3時すぎるかも・・・」と再度伝えられた。
まあ、緊急性の高い順番何だろうからとおもいその間は同室の方々との談笑や読書で過ごした。
結局手術室に入ったのは4時前。
考えていたのは「腹減った・・・」であった
前回と同じようにテレビで見たことのある手術ライトやら器具やらがそこいらじゅうにあるのを確認
全身麻酔用の注射をされ「すぐ眠くなりますからね~」と言われたが
「今回は寝てやんねー!!」
と根性入れてかかった。
が、・・・
10秒くらいで意識不明
手術自体は、1時間ぐらいで完了
前編でも写真を使ったが今回取り出した金属はこれである。それにしてもくるぶしのカーブの密着度なんか「気持ち悪いくらいのぴったりフィット」である。もしかしてCT等のデータから加工した特注?それとも成人男性は大体このサイズで合うようになっているのか???どなたかご存じの方がおられたら教えてください
手術後のレントゲンはこちら↓
骨にボルトの貫通跡がくっきり!!
ただ骨折時の骨折線は素人の私では判別できない
ちなみに今回の一連のレントゲン写真をプリントしてほしいと依頼しもらっていたが
「骨折直後からのレントゲンとCT画像をCDにデータにしてやろうか?」と提案され即決。
料金は少し取られたがCTデータまで全部の写真を1枚のCDに保管できたことは画期的であった。
そのレントゲン写真を見ながら
「そのうち埋まります。2~3カ月は無理しないでくださいね。再骨折しやすいですから」
と医師に言われる。
子供とのサッカーも、もうしばらくはできないな~
今回の傷の縫合はホチキスでなくテープでとめてあるタイプである。
腫れもさほどないのいいんだろうと勝手に解釈した
写真では少し腫れているけどね・・・
術後の痛みはやはりあった。
前回ほどではないが足首がずんずんと痛む。
「STクーさん・・・。いたみますか~?」と聞かれ
「痛みます。何とか耐えられますが・・・」と答えたら
「耐えなくていいですよ。注射しましょうね」と看護師。
「もしかしてソセゴン?」
「よく知ってますね?ソセゴン注射します」
おいおい!いきなりかい!
今回は不思議と眠くならず、痛みも引かない。
そのことを看護師に伝えると今度は「ボレタレンサポ」の登場となった
今回も自分で挿入。
もう慣れたもんである。( ̄▽+ ̄*)
こっちのほうが自分に合っているのか、痛みがなくなっていき、痛みはおろか術後の違和感まで完全にきえた。
なんとも薬とはありがたい。
反面使い方を間違えると怖いなとも思う。
さて5時ごろ手術が終わってから4時間経過しないと食事も水分も取れないので9時過ぎが目安である。
それまでは空腹感はなかったが、
のどの渇きはかなりつらかった。
病院食はないので家内にコンビニでおにぎりを頼んでおいたものを10時過ぎに食べ、ペットボトルのお茶一気飲み。
ようやく落ち着き手術日はこうして終わった。
この次からは傷の消毒等で数回受診したら終わりである。
が、同じ骨折ブログを書かれている方の記事を拝見していると痛みはその後もしばらく続くみたいなのでこの「ひ骨骨折顛末記」もまだしばらく続くと思われる
次回は「写真で綴る骨折記録」でもやるかな?
入院中に考えてたこと
たった3日間の入院期間ではあったが、そのほとんどが「待機時間」であったため、仕事以外のことに考えをめぐらすことができた。
やはり今回の震災に関して「自分に何ができるのだろう?」である
被災され、なくなられた方々や行方不明になられたた方々の数字が日増しに大きくなっていき、原子力発電所の事故への対応などを新聞などで読むと「自分の無力感」が浮き彫りになってくる。
しかし、それを感じているのは自分だけではないだろうし、そんなことを考えている一人ひとりが一緒に何かを始めれば大きな力になると信じている。
自分にできること
・募金活動に参加すること
・まず自分の足を早く治すこと
・予備電池などは被災地域に優先的に供給されるようパニック買いをしないこと
・暗く考えず笑顔で周囲に接すること
・今の日本の危機を脱出するリーダーが適任者かどうかよく観察すること
交通網が寸断されていることで物資の供給が被災地に届いていないらしい。
何よりトラックで運ぶ燃料が無いらしい。
陸路が無理ならヘリでの空輸は出来なのか?
幸い米国の空母が2隻支援に協力するといっているらしい。
空母を基地として、被災地にへりでのピストン輸送で物資が届けられないのか?
と考えるのは私だけではないはずだ。
一時的に自衛隊や消防、海保、民間のヘリを集めて物資を運んだらいいのに・・・
そこに資金的必要が必要なら、今の国民は喜んで募金活動に応ずると思う。
瓦礫の下でまだ救助を待っている人が居るはずだし、一刻もも早い救助を願わずにいられない
抜釘手術から退院
3月17日に入院し、18日抜釘手術。今日19日に予定通り退院してきた。
半年の間私の左足を支えていた金属の固定具はこれである
17日は13時過ぎに入院手続きと簡単な検査があったがそれ以外は特に何をするわけでもなく、ただベッドにいただけである。
入院のために、前日までバタバタと仕事をこなしてきた反動か逆にすることがないと落ち着かない。
3日間の入院であるため、パソコンも持ち込まず、読みそこなっていた読書にふけった。
午後6時に夕食が配膳される。
久しぶりに見る1800カロリーの病院食である
ごはん180g
卵料理、ジャガイモの炒め物
湯で野菜、果物。
これで1800カロリーあるのだろうか?
なんか少ないような?
だとしたら普段の私の食事は完全なカロリーオーバーはなはだしい。
まぁ、この肥満体が証明してはいるが・・・(;^_^A
この後、翌日の手術後まで絶食となる。
夜中におなかすいて起きないかな~?
久しぶりの「顛末記」なので手術前編と後編に分けて書いてみる。
以上簡単だが「抜釘手術」前半終了
つづく








