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The passenger of life

人生という小さな小舟に乗りこんだたった一人の乗客。行き先を決めて進むのは自分。僕は人生をどこに向かわせるのか。流れにまかせるのか必死に舵をきるのか。さあ、どうなる?自分。

過去をひきずることはよくない。

過去の自分が足かせになっている。

いつでも足取りを重くしてしまう。



誰かを傷つけたことは罪悪感になる。

自分の中にある悪がささやけば自分自身が嫌になる。

重大な判断や決断が誤っていたことを思い出せば夜も眠れなくなる。



そんなことが数えきれないくらいにある。

誰しもある。

俺だけじゃない。



忘れようとしても忘れられない。

映像も音も匂いも、なにもかもが記憶に強烈に刻まれてしまっている。



これらを乗り越えるのか、抱え続けるのか、背負い続けるのか。

どうなんだろう。



わからないね。

というか、どうにもならないんだよね。



過ぎてしまったことに手を加えることはできない。

時間は戻らないし、結果を変えることはできない。



できないことはできないんだから、できることをするしかない。

シンプルだけど、それが一番だろう。



過去は引きずるしかない。

背負うしかない。

抱えるしかない。

忘れられないならそうするしかないんだ。



だから体力をつけるんだ。

過去を引きずっても疲れないようにする。

背負っても大丈夫な強靭な心を作る。

過去を抱えられるだけの大きな器になる。



これらはできることだと思う。

未来に向けて今からできること。



もちろん、簡単じゃないことはわかってる。

経験を通してもわかってるし、考えただけでも簡単じゃないって思う。

でも、考え方は簡単なんだ。



現実と理想はかけ離れているけど、努力次第でその溝は埋められる。

その溝が埋まっていけば、少しだけど過去の後悔や傷も癒えていく気がする。

誰かによって癒やされることもあれば、自分自身で癒やすこともある。

経験上そう思う。



やっぱりさ、こうなりたいって思う未来を、少しでも実現することが大事なんだ。

大きくなくてもいいから、小さな実現がじんわりと魂を癒やしてくれるはずだよ。



そうなったらさ、悲しいことや辛い過去を思い出しても、ちょっとだけ許せるようになったり、愛しい時間に感じるようになったりすんじゃないかな。

まずは今をがんばって、今日より明日がいい日になるように努力すること。

当たり前のことだけど、それが未来を作って、過去も癒やすんだと思う。



悔んだり、嘆いたりする前に、やるべきことがたくさんあるね。

がんばろうぜ!!









先日も秦さんのことをここで書きましたが、今日もまた秦さんの曲を紹介したいと思います。

秦基博さんの「Girl」



みなさんもどこかで聴いたことがあるのでは?

CMでも使用されているそうです。



一言でいうといい曲です。

何回でも聴きたくなります。





最近特に思うんだけどね、ここ何年かの男性ボーカルの曲が厳しい状況にある。

胸に響かないなんてレベルではなく、嫌悪感を感じてしまうくらいに酷いものもある。



僕は批評家ではないし、音楽の専門家ではないけど、そう思う。

僕が思うに、原因は「媚び」だと思う。

聴いている人が《喜びそうな》歌い方をする人がいる。

男の猫撫で声ほど気色悪いものはない。



これは歌手本人ではなく、その取り巻きと制作(決定権を持つ人たち)に問題があると思う。



男性の歌をホストの接客と同じにしてしまった。

いや、そんなことを言ったらホストの方に失礼だ。

プロのホストは本気で一対一で客と向き合う。

そこには中途半端でないサービスの結果として、客の喜びにそれ相応の価値がある。






具体的な名前は挙げられないが、聴いているとぞっとするグループの歌には「君たちが好きそうな歌を歌っているよ」という媚びしか感じない。

まるで三流官能小説の朗読を聞かされているような気持ちになる。

彼らの歌が売れる理由が本当にわからない。

というか、本当に売れているのかどうかもわからない。

そんなところも恐ろしい。



話がそれました。

秦さんの曲の話にもどします。



この「Girl」という曲、秦さんが自分の娘のために書いた曲だそうです。

聴いている人を喜ばそうだとか、そういう視点で書いていないし、歌ってもいないです。

だからこそ、メロディも言葉も自分のものなのだと思います。

けっして台本を棒読みしているような歌ではありません。



これでいいんじゃないかなと思う。

どんなに着飾って演じてみても、自分の器以上の役は演じられない。



秦さんの歌は等身大。

ナチュラルです。

だからこそ聴いている人を引き付ける魅力がある。

声がキレイだとか、歌がうまいといかではなくて、そこが最大の魅力なのだと思います。



耳元で着飾った愛の言葉を囁かれるよりも「俺はこんな風に思って生きているよ」と胸を張って語る男性の方が何百倍も魅力的だ。

僕はそう思います。



というわけで、よかったら秦さんの曲、聴いてみてくださいね☆











冬独特の日差し。

日の光は暖かくも、肌に感じる空気はひんやり冷たい。



天気のいい朝には強い太陽の光が木々の葉を透かしてくれる。

緑だけじゃなくて、黄色や赤が透明に見える。

青空のキャンパスは、冬にしかない色で鮮やかに彩られる。



足を止め、少し深めに深呼吸すると、冷たい空気と一緒に冬の匂いが身体に入ってくる。

土が乾いた匂い。

枯葉が少し発酵しかかっている匂い。

通りがかる人のコートの匂い。

冬にしかない匂いだ。



音も今しか聴けない音がある。

耳をすませば車と人の生活の音以外にも聴こえてくる音がたくさんある。

緩やかに風に揺れる木々の音。

それと同時に地面に落ちていく落ち葉が、空気を切る音も聴こえる。

落ち葉の上をハトやスズメが歩く音。

冷たく空気が澄んでいるから聴こえてくる音。

これらも冬にしか聴こえない音だ。



冬の風景はただ眺めていたり、感じているだけでも十分だけど、音楽を合わせてより情緒深く感じるのも趣深い。

これから見る風景に合わせて、事前にイヤホンで聴く音楽を準備する。

そんなことができるのも冬ならでは。



なんとなく毎日やっていることを、こうしてあらためて文字に書き起こしてみると、意外にも文学的なことをしていることに気付く。

まだ自分のなかのこうした部分は腐ってないかな・・・?

もっとしっかり身につけるべきものは身につけて、自然に振舞えるようになりたいものです。



学び、鍛練、習練だけじゃなくて、こうした精神的な遊びの部分も大切にしていきたいですね☆