Girl | The passenger of life

The passenger of life

人生という小さな小舟に乗りこんだたった一人の乗客。行き先を決めて進むのは自分。僕は人生をどこに向かわせるのか。流れにまかせるのか必死に舵をきるのか。さあ、どうなる?自分。



先日も秦さんのことをここで書きましたが、今日もまた秦さんの曲を紹介したいと思います。

秦基博さんの「Girl」



みなさんもどこかで聴いたことがあるのでは?

CMでも使用されているそうです。



一言でいうといい曲です。

何回でも聴きたくなります。





最近特に思うんだけどね、ここ何年かの男性ボーカルの曲が厳しい状況にある。

胸に響かないなんてレベルではなく、嫌悪感を感じてしまうくらいに酷いものもある。



僕は批評家ではないし、音楽の専門家ではないけど、そう思う。

僕が思うに、原因は「媚び」だと思う。

聴いている人が《喜びそうな》歌い方をする人がいる。

男の猫撫で声ほど気色悪いものはない。



これは歌手本人ではなく、その取り巻きと制作(決定権を持つ人たち)に問題があると思う。



男性の歌をホストの接客と同じにしてしまった。

いや、そんなことを言ったらホストの方に失礼だ。

プロのホストは本気で一対一で客と向き合う。

そこには中途半端でないサービスの結果として、客の喜びにそれ相応の価値がある。






具体的な名前は挙げられないが、聴いているとぞっとするグループの歌には「君たちが好きそうな歌を歌っているよ」という媚びしか感じない。

まるで三流官能小説の朗読を聞かされているような気持ちになる。

彼らの歌が売れる理由が本当にわからない。

というか、本当に売れているのかどうかもわからない。

そんなところも恐ろしい。



話がそれました。

秦さんの曲の話にもどします。



この「Girl」という曲、秦さんが自分の娘のために書いた曲だそうです。

聴いている人を喜ばそうだとか、そういう視点で書いていないし、歌ってもいないです。

だからこそ、メロディも言葉も自分のものなのだと思います。

けっして台本を棒読みしているような歌ではありません。



これでいいんじゃないかなと思う。

どんなに着飾って演じてみても、自分の器以上の役は演じられない。



秦さんの歌は等身大。

ナチュラルです。

だからこそ聴いている人を引き付ける魅力がある。

声がキレイだとか、歌がうまいといかではなくて、そこが最大の魅力なのだと思います。



耳元で着飾った愛の言葉を囁かれるよりも「俺はこんな風に思って生きているよ」と胸を張って語る男性の方が何百倍も魅力的だ。

僕はそう思います。



というわけで、よかったら秦さんの曲、聴いてみてくださいね☆