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The passenger of life

人生という小さな小舟に乗りこんだたった一人の乗客。行き先を決めて進むのは自分。僕は人生をどこに向かわせるのか。流れにまかせるのか必死に舵をきるのか。さあ、どうなる?自分。

僕は京王線から丸の内線に乗り換えて通勤しています。

乗り換えの際に通過する通路に、一人のお坊さんが立っています。



朝はいませんが、帰りにはいつもいます。

いなかったことなんてあるんだろうか・・・というくらい毎日います。

それももう何年も。



いつも決まった場所で小さな声でお経を唱えて、ただそこにいます。

ときおり話しかけられているのを見ることもありますが、基本的にはただお経を唱えてそこに立っています。



なんのためにあんなことをしているんだろうか。

とずっと考えてきました。



その答え・・・というか、お坊さんの力というべきことがひとつ分かりました。



僕は今日、こう思ったのです。

こんな人ごみの中、毎日毎日そこに立ち続けるなんて俺にはできない。



こう思った瞬間に、このお坊さんがここに立ち続ける意味がわかったのです。

決してお坊さんがそれを目的にそこに立っているわけではないのですが、不特定多数の人に教えを諭すというか、悩んでいるひとの背中を押すというか、そういう力がそのお坊さんにはあるんだと。



つまりこういうことです。

毎日どんなときもそこに立ち続ける。

それを見ている人はそのすがたを見て、なにかしらのことを感じる。

そして僕のような思考を持つ。





あの場所では今もあのお坊さんは立っている。

そう思うと「がんばらなければ」と思うのです。



お坊さんは基本的には手を差し伸べたり、説法をするわけではありません。

でも、長い間その姿を見ることで、少なくとも僕はそのお坊さんから教えを得たと思います。



なにもしない、ただ立ち続けることで誰かを救っているのかもしれません。

もしかしたら、そのお坊さんの姿に命を救われた人もいるかもしれません。



西口の通路にいるお坊さん。

話しかけることはこれからも無いと思うけど、彼の前を通りすぎる時は心の中で手を合わせようと思う。




玄関から最寄のコンビニまでの距離。

34歩。



近いな・・・。

とんでもなく。



これが当たり前になっているから、こんなにも近いのにコンビニに行くのが面倒だと思うんだ。

駅だって歩いて5分。

なのにもっと近いほうがいいと思う。



利便性の高い場所はもちろん良い。

時間の短縮ができるから、そのぶん他のことができる。

だけど、面倒とか楽したいとかは利便性を求める気持ちとは切り離さないといけないのかもしれない。



あくまでも利便性の追求は生産性をあげるためであって、楽したいとかの怠惰の気持ちを満足させるためじゃないんじゃないだろうか。

楽したいを追求していった結果として、利便性があがることはある。

今身の回りにある家電をはじめ、世の中にあふれる多くの物事はその産物だ。



それはそれで素晴らしい。

利便性を求めた結果としてプラスの結果が生まれているから。

ただ面倒だとか、楽したいと思っただけでなく、その考えから社会に貢献できる結果を生んでいる。



しかし、今日の僕はどうだろう。

あー面倒。玄関開けたらそこがコンビニならいいのに。

と思っただけ。

怠惰な自分を加速させるだけの思考。



いや、誰だってそう思うことはあると思うんだ。

でもさ、なんか最近、そんなことばっかり思ってたんだよ。

駅遠いとか、エレベーター待つのが面倒だとか、歩くのが面倒だとか。

そんなどうしようもないことばっかり。



よくない・・・よくない・・・と思ってはいても、ついそんな思考になってしまう。




原因はなんだろうなって。

いろいろあるはずなんだ。

最終的にはやる気の問題なんだろうけど。



つまりモチベーションなのかな。

体を引っ張っていく精神の体力。

この辺のメンテナンスが必要っぽい。



この年齢になると、自分をコントロールできるのは自分だけだからね。

たまには自分としっかり対話していかないとね。



今日はコンビニまでの歩数をなんとなく数えていたら、こんなことを考えていたよ。






大好きな北条司さんの作品「エンジェルハート」

10月からドラマ化されて放送されています。



実は楽しみにしていたんです。



最近のマンガ原作のドラマ化、映画化作品は、10分見ただけで「残念だが無理だ」と思ってしまいました。

原因は世界の再現のしすぎです。

再現しようとすればするほど観ている側と作品の距離が開いていきます。




そんなドラマ化作品が多いなか、原作を知らない人も、原作を読んでいる人も、今回のエンジェルハートは楽しく視聴できているのではないかと思います。



世界の作りこみにあまり無理がありません。

新宿が舞台ということもあり、作りこむ必要もないのでしょうが。

役者陣の役の作りこみもとんでもない現実離れをしていなくて受け入れられます。




そしてなによりも、香の存在を大切にしていること。

香の存在なしではこの作品は成り立ちません。



原作をずっと読んできているからわかる。

シティハンターから読み続けてきたからわかる。

このドラマの監督か脚本家のどちらかが香のことが大好きだ。

なにを隠そう、僕も香が大好きだからわかるのだ。



香のやさしさの描きかたが、マンガとは違うけど、本質が一緒なんだ。

これは作品の再現ではなくて、作品の理解から生まれているんだと感じます。



ほかの場面でもこういうことがたくさんあります。

マンガとはぜんぜん違うんだけど、違和感がない。とか。

キャラクターのイメージが違うけど、気にならない。とか。



それは描くべきものがしっかりと描かれ、演じられているからだと思います。

そこに必要なのは再現ではなく、メッセージの理解とその伝え方なのだと。

役者も演出もそこをすごく気をつけているなと感じます。




この記事を書いたのは、今日の話がすごくよかったから。

優しい話でした。

またマンガを読み返したくなってきました。



来週が楽しみだな♪