ずっと前から思っていることがあります。
安かろう悪かろう
についてです。
以前、住宅に関係する仕事をしていたときに、この言葉をよく使っていました。
「安かろう悪かろうの時代ではなくなりましたよ」というフレーズです。
僕が携わっていた仕事の中では、それはなんの偽りもありませんでした。
お客さんに対しても、協力業者さんたちに対しても、皆が満足できる体制を会社が作っていました。
もちろん、すべてが丸く収まるわけではなく、お客さんにも飲んでもらわなければならないこともあるし、業者さんにも無理をお願いすることもありました。
だけど、そこは誰もが納得して、最終的にはお客さんを含め、全員が幸せになってい
たと自負しています。
そこで学んだことは、人間の限界を越える話は、理論的には可能であっても、永続的に実践していくことは難しいということです。
理論的にはこの金額でもやれる。
でもそれは人間的な要因を排除しての話。
疲労やモチベーション、仕事から生まれる喜びなどは考えられていません。
元請け業者に叩かれに叩かれ、常に厳しい状況にいる下請けさんをたくさん見てきました。
そんな下請けさんはモチベーションが保てず、技術力が落ち、人が離れ、仕事が無くなっていきます。
結果として、質の低い商品がお客さんの手元にいってしまいます。
会社、企業は利益を出さなければなりません。
それは絶対です。
そのためにあらゆる努力をします。
しかし、利益を出すために行われる様々な経費の削減の中に、削っていけないものもあると・・・。
だけど、そうしなければ生きていけない現実があります。
苦しい経営をされている会社を非難することは、僕にはできません。
こんな社会になってしまった原因は複雑で、ここで語るには僕の知識が足りません。
しかし、一つだけどうしても言いたいことがあります。
行政の責任も多大にありますが、過度な価格競争を生み出しているのは、僕ら消費者です。
事実として、それは認識しなければいけないと思います。
安かろう悪かろうに戻りますが、なぜ安いのか、その安さのシステムが人間的な限界を越えていないか。
誰かの不幸(絶望的な犠牲)の上に成り立っているものではないか。
知る必要があると思います。