A Cheap Log. -22ページ目

A Cheap Log.

Kei

1年の歳月が経過した。

朝からテレビは関連報道を終日放送している。

家内と二人で追悼式を見ていた。黙祷で手を合わせ平成天皇のおことばを賜った後、大阪では予報では降らない筈の雨が急に降って来た。涙雨のようやった。

御身体が大変な中、天皇のおことばに感謝の思いで一杯だったが、この俄雨は宛ら昭和天皇や被災され命を落とされた方々の様々な思いが降らせたように感じられてならなかった…

今更ながらにテレビで放映される当時の映像や被災者の方々の体験は、僕ら遠くにいる者にとっては想像すらできない過酷なものに感じられた。

徐々に様々な事が分かり出し、人間の力が大自然の中ではこれほど脆く力の無いモノでしかないという事を改めて思い知らされた。
護岸対策もある程度の効力があった事は今日の報道で良く分かったが、いざとなれば自然の力には全く対抗出来なかった…

年月が経つと人は忘れて行く。阪神大震災の辛い記憶も、十数年経った現在は薄らいで来ているかのようだが、傷痕は消えずに一生引きずらざるを得ない方々も多々おられる。


震災直後、普段は少々の音にも全く気付かない僕は飛び起き、しがみつく家内を振りほどいて1階に下り電気ガスを全て止めた。暫くしてからTVの電源を入れNHKにチャンネルを合わせた。

京都が震度5と出ていた。京都の旧帝大の100周年工事中であと数日で竣工検査と売上回収間近やったが、万一うちの受け持ち棟が倒壊していたら約1億の回収はどないなるんやと慌てて支度して事務所に行く用意してたら、近隣の化学工場から火が上がり、結局明け方7時過ぎに全焼した。

オフロードバイクで向かった京都は、全く何事もなく大学も無事やった。

携帯電話の普及していない時代やったから、情報収集もままならず、僕は現場事務所で暫く一人で待機しとった。所長らが徐々に集まり出したんは夕方4時頃やった。

所長から「○○社長、あんた悪いがバイクで神戸とんでくれんか?車も電車も駄目なんや…何か大変な事になっとるみたいやけど詳細がまだ分からんねん。」

震災後に最初に見た夜の三ノ宮は、ただ真っ暗で無数の人々が立ちつくしていた。景気が左前になって来とったとはいえ、まだ数年前までバブルやった頃の神戸から灯がなくなり居留地やあちこちの建物や道路が無残な残骸と化していた。

既存の現場管理と神戸の復旧工事で、最初の1年は地獄のような日々が続いた。何も出来ない、何も進まないジレンマを、「がんばろう」という言葉で掻き消し、被災された方々は必死に前を向き生きた。

バイク乗りは支援に走りまわっとった。車道が渋滞で動かん中、歩道をバンバン飛ばして皆が必死に出来る事を考えて遮二無二走りまわっとった。国内でバイクが正義の味方になった最後やった。

先日仕事で神戸の方を車で走っていて、震災直後の風景を思い出していた。

国道沿いの建物が、軒並み1階部分が崩れて2階が下に落ちて来とった。復旧で入った大手工場の高層棟は「ピサの斜塔」状態になっとった。地ベタは軽く1m以上は陥没し、当初は大手5社の連中もどないしていいか即座には判断できん状態やった。
こうした「現実」は広範囲に亘り、僕は正直3年以上はどうにもならんと思っていた。


復旧は予想以上に猛スピードで進んだ。皆の不眠不休の努力の賜物やと正直思う。


昔の神戸には戻れない。そやけど今出来る事を粛々とやっていかんと、精一杯生きて行かんと、命を落とした人々に申し訳ない…そんな思いが復旧をこれだけ早く推し進めて来たんやと、車の中から辺りを眺めていて強く感じた。


昔の友達で結婚して嫁いでいった女の子は、数日後に電話で安否確認できた。「もう大変やってん。旦那叩き起してパジャマのまんまで逃げ出したんや。」大阪市内の金持ちの良家のお嬢やったあの子が、そんなカッコで脱出して来たんか…近隣の方々は、大半が命を落とされたようやった。



2004年のスマトラ島沖の地震の時、当時仕事を介してチョコチョコお世話になってた親父さんも、数ヵ月後に安否確認が出来た。

カタギやない方で、深夜のテレビに目を隠して出た事もある親父さんやったが、気があって当時は仲良くさせて貰っていた。

「○○な、みんなアホや。地震来た、逃げなアカン、俺らサッサと支度して逃げ出し始めとっても、ビーチに寝転んどる白人やらそのまんま寝とんねん。津波が来てもそのまんまやった。みんな死によった。」

昔から悪運が強かった。いつも間一髪で後ろに手が廻らんと逃げ通しとった。一般人と異なる人種やったから、こうした洞察力や勘は並はずれたモンがあった。


いざという時、直感だけが最後の頼りとなる。皆、頭では分かっていても、いざという時に何をしていいか即座に判断するのは本当に難しい。それでもこうした判断が、自分自身の命運を最後に左右している。

「いざ」という時は、本当にいつ来るか誰にも分からない。避難訓練も本気になって取り組めば、いざという時には必ず役立つ。

肝心な事は普段から「危険予知」の感覚を鍛えていく事。

身近にある「危険」に対し、日々どう感じ取り予測力を蓄えていくのか?

電車のホームに立った時、自動車や自転車の運転中、何気なく歩いている際の周りの気配、等々…

「備えあれば憂いなし」の言葉通り、急に出来ない事は多々ある。身近な動物達より鈍感になってしまった人間が、いざという時に対処できるようになる為には、こうした日々の「訓練」しかない…


神戸の被災した方々も、自身の目の前で身近な人を助けられず死なせてしまったと今も自分を責める方々は多々おられる。人格破壊で廃人同様になってしまった方もおられる。


「強くなる」しかない。「受け入れる」しかない。

記憶はいずれ過去のモノとなり薄らいでいく。フラッシュバックする事も年月が過ぎ去ると減っていく。

過去に震災に遭遇しても、当時の記憶はすぐ引っ張り出せない。「今」の自分しかない。

一人では何事も出来ない「人間」という生き物が、「神のみぞ知る」天変地異に晒された時に唯一取れる手段はそれしかない。

その為には僕らが「生きる」意味を噛み締め、「生かされている」事を自覚し、日々自分なりに精一杯生きるという事しかない…






明日から師走。漸く紅葉もチラホラとしてきたが、季節感があんまし湧いてこない。

大阪は冬は結構冷え込む割に雪は降らん。関東からこっちに越してきた頃、まだ雪はチョコチョコ降っとったが、向こうに比べたら大した事はなかったものの、最近は積もる事も滅多に無くなってきた。

温暖化の影響はジワジワと日本の「四季」を破壊し、一番好きな「秋」が無くなってしまいそうで寂しい。


大阪の今後も、漸く決着がついた。TVではどの局も関連報道のオンパレード。他に無いんかと思う位、猫も杓子も今回の「大阪維新」を喚き立てとる。

前知事が就任した頃、マスコミの反応はハッキリいうてネガティヴやった。

前知事が泣いた時、東京キー局のワイドショーはどの局も嘲笑の嵐やった。正直ほんまに腹が立っとった。

大阪がこんだけ苦しなったんは、震災やバブル崩壊の影響も勿論やが、要はこっちで落ちる様々なモンが、東京に横取りされたからやのに、首都圏の連中はこの恩恵を全く理解しとらん。

今回のこの報道を見るにつけ、中央メディア界に巣食う「風見鶏」の連中の無能さに呆れ返る。

前市長は今後どうされるのか?選挙後の報道は、前市長をあたかも悪役レスラーのように扱っとる。こんだけの不景気でなかったら、間違いなく「立派な市長」で幕引き出来た筈やのに、ほんまに酷いもんや…

大阪に限らず、日本の大都市は同様の問題は必ずある。

大阪が特に難しかったんは、大企業が大阪にぎょうさんあったからや。半径1kmほどの本町の中心に、「不毛地帯」の商社や丼池の繊維屋、現金問屋なんかが腐るほどあった。今はその栄光も遠い過去の記憶になりつつある。あんだけ活気あった本町界隈から人が消え決済権も取り上げられ東京に「出稼ぎ」に行かなあかんようになったサラリーマンがこの10数年でどんだけ増えた事か…

大阪は舵取りを間違えへんかったら、今でも左団扇やった筈が、ほんまにちょっとずつ首都圏に利権を持って行かれた。江戸300年の関東貧乏武士の恨み辛みを、当時の裕福やった大阪商人は理解できてなかったんやろう…

当然役所は苦しい。元々が貧乏やったら大した事ないが、金持ちが貧乏になると何してええか分からんもんや。大阪の現状は正にそんな状況の中、それでも前市長は出来る限りの事はやってきはったんやと思う。

メディア各位、こういった幼稚な二元論的な報道はええ加減止めなはれ。

自分がされて嫌な事はしたらあかん。最近はやられたら倍返しにして他人に憂さ晴らしする品のない連中が多すぎる。


選挙も終わっていよいよ「大阪のこれから」が各方面から注目される事になってきた。

万博で近代日本の幕開けの先陣を走った我々の街が、再び誇りを取り戻す日が来る事を切に願う。

11月やのに、半袖でも過ごせる毎日。今年は紅葉もあれへんまま、師走に入りそうな今日この頃…


与党政権も新首相の元、内外の課題山積状態の船出。国民の一人として「頑張ってや」の思いで見守ってる。


現政権発足後、最初の阿呆な首相の時よりマスコミは厳しくなり、ニュースでも些細な事までギャースカ騒ぎ立てる。「ちっとは黙って見とかんかい」と、この連中のちっぽけな思い上がった「正義感」には、ほんまに不愉快な思いになる。


大阪の今後が、全国ニュースでも最近よく取り上げられる。


現知事と現市長の舌戦は、毎日テレビでやっとる。様々な既得権益やその他もろもろのモンが、恥も外聞もなく剥き出しになってこのお二方の肩に乗っかってきとる。


先日、暫くサボって行かんかった定例飲み会に行った。大阪維新の会の府議会の取り纏めの方が来はって、大阪の今後の話を色々と話して頂いた。


この方は前政権の与党所属の所謂「二代目」さんで、話しとったら塩川の親父さんにも可愛がって貰ってたようやった。維新の会に行かはる時には色々あったんやろが、この方なりの「決断」やったんやろと、話聞いててしみじみ感じた。


現知事を否定する人らは、この数年の改革を「大阪を駄目にした」と、今回の選挙戦でも大声で騒ぎたてとる。


大阪は、昔から桁違いの大都市やったから、色々ややこしい事も地方都市に比べたらメチャクチャ多い。

運営するシステムかて、複雑極まりない。その中の「功罪」が、ほんまの問題点やけど、これをフラットに判断できる「物差し」を持てる人材は、そう簡単には出てこない。


この維新の会の議員さんかて、現知事を全て肯定はしてない。そやけど、現知事以外に閉塞感の塊になってもうた大阪を再生できる人材は、今後も出て来んのではないかと本音を漏らす…


僕の古いツレが、今年の3月の震災後に久々に大阪に帰って来て、近所のツレと3人で一杯飲んだ。


国内大手石油会社からスピンアウトして、最終的に米国屈指の大企業の日本現地法人に入り、この3月に遂に日本法人の社長になりおった。


10年程前に、このツレがこの企業に入った頃、「お前も読め」と、この米国の20世紀最高の経営者と評される方の本を齧り読みした。

「決断を先送りした事は、後悔しか残らない。失敗しても決断して行動した事は後悔しない。私は在任中、ずっとこれを続けた。」


この方が最初にやらはったんが、所謂「コストカット」やった。世界の発明王が立ち上げた企業やったから、事業の再構築は想像できんくらい大変やったと思われるが、結局この方が退任されるまで、一貫して「増収増益」体制は崩れんかった。


退任後、一番の秘蔵っ子やった人を社長に就任させた矢先、米国エネルギー商社の粉飾破綻が表面化し、米国中に、更には日本にも監査法人問題まで飛び火する一大事件に発展した。


この人が退任してほんまにすぐにこんな事件が起こる…経営者いうもんは、持って生まれた才能や努力以外に「運」も絶対必要なんやと、思い知らされた。


現知事が言うてる事は、根本的にはそない難しい事やない。


収入を増やさん限り、支出は切らんと仕方ない。


普通の一般家庭かて、これが出来んかったら暮らしていかれへん。借金返さなあかんのやったら、昔やったら奥さんも仕事に出て、子供も新聞配って(今は子供は難しい)、精一杯何とかしようとしとった。


最近は一般庶民でさえ、この「当たり前」の感覚が薄れて来てるように感じる。厚かましい恥をしらん人も増えた。平気で借金踏み倒す輩もほんまに多くなった。


これをみんなでやっとったら最後にどないなるんか?


ギリシャになってまう。


それでもええんか否か、今回の大阪の選挙は、日本という国の経営の根幹にも関わる、重要な「決断」を僕ら府民がせなあかんという事です…










予想外の異常事態となった今年の春も、既に暑さがジワジワと迫ってくる初夏の兆しが見え始めた。

先日、久々に仕事で東京に行った。数年前に防衛大主席の自衛官のツレの海外留学の歓送会を、東京のツレと決めとったが、言い出しっぺの本人がバタバタ状態で行けず、あれから3年近くも経った。

久々の首都は、あちこちで節電の影響が垣間見られた。メトロのエスカレーターが止まっとる。照明も消されとる。みんなネクタイ外しとる。

汐留にビルが建った頃から、都心部はだいぶ暑くなった。海風が入らんようになったからや。大阪のビジネス街のような不快な暑さに変わって来た。

想定外の災害は、我々日本人が敗戦から立ち上がり、先達の方々が粛々と築き上げて来た日本の社会のあらゆるモノや理論を嘲笑うかのように、薙倒していきよった…

弱り目に祟り目とはほんまによう言うたもんや。この国が栄華を誇ったつい十数年前の国力がピークやった頃、致命的災害は皆無に近いと言えるほど、殆ど発生せんかった。

バブル崩壊、カルト新興宗教の事件、阪神大震災と、景気が左前になってから、悪い事はようさん起こり始めた…

僕がバイク事故で長期入院となったちょうど4年前の夏、東電の電力不足が新聞やニュースでバンバン報道されとった事を思い出した。

リーマンショック直前の頃やったが、日本経済がまともに廻っとったら、あの時代のインフラ整備で既に追いつかん状態やった事が、ハッキリ分った。

未曾有の災害の果て、国も国民も諸手を上げてこの「危険」なエネルギーを敵対視し、今まで授かって来た恩恵をまるで無かった事のように忘れ去り葬り去ろうとしとる…

ほんまに電力会社だけの問題か?宮城県沖の災害対策は、1978年の地震の時、旧建設省が抜本対策をして建築基準法を改正しよったから、護岸対策なんかも国策の範疇で、電力インフラ整備は国も結託して進め取った筈や。なんで電気屋だけに全責任を押し付けるのか?

もっと言うたら、この原発つくっとった米国巨大企業への責任問題を、マスコミは殆ど報じとらん。この会社が震災後すぐに支援に動いたんは、日本から責任追及されたらヤバいと感じたからとちゃうのか?

厳しい時、大半の人は逃げたがる。果ては死んで償いと責任から解放されたいと思うかもしれん。

そやけど、たとえどんだけしんどうても、とにかく逃げたらあかん…

今回、電力不足回避が急務となる首都圏において、超大手企業数社から、ウィンドウフィルムの件で呼び出された。

以前ブログでも書いたが、民間企業においては、かなり前から省エネは進んでるから、それ以上節電せんとあかんのなら、早い話が電気を使わん、つまり「仕事するな」になってまう…

先日、某大手商社が、本社ビルに1億かけて遮熱対策としてフィルム施工した事を、ニュースでやっとった。

ニュース報道の映像見たら、多少でも知っとる奴なら、どのメーカーのフィルムか見ただけですぐ分る。

インタビューで担当責任者のヒゲの男性が「少しでも効果があれば…」と仰っとった。
残念ながらあのフィルムでは、ホンマに大した効果は出ない。

ウィンドウフィルムは、ガラス同様に種類は結構ある。知らん人も多いが、たった厚さ50μの薄いフィルムが、よしづなんかよりはるかに暑さを軽減する位、遮熱効果がある。

また、フィルムは基本的にはポリエステルが主材料で、窓ガラスの内側に貼るから、実際の耐久性はチャンとしたフィルムやったら、10年以上全く問題ない。

今回のような、とにかく「暑さを遮断する」事が最優先の課題やったら、フィルムの選定は「金属膜のスパッタリング」タイプで、遮蔽系数が悪くても0.4以下のモノでないと、全く意味がない。ガラスの熱割れは、ガラスの種別を確認すれば、計算式でフィルム施工可能かどうかも、ちゃんとした会社ならキッチリ回答してくれる。


今回、数社で具体的な引合い前提での説明をさせて頂いた。先方サンがビックリされとったのは、環境省が、建材試験センターとタイアップして、ウィンドウフィルムの性能試験を公開(耐久試験2,000時間のかなり過酷な性能試験)しとる事と、これに基づいてグリーン購入法の案内もしとる事。官庁側がこんだけのデータを公開しとったのかと、それまでメーカーサイドの一方的な性能データ(嘘っぱちも多かった)を信用するしかなかったが、今回の公開データの申請した製品については、見事に優劣が全てハッキリと分ってしまう。

このデータを基に、電力削減の削減量と金額、フィルム施工等の費用対効果をチャンと計算したら、「使える」フィルムは実際には5種類あるかどうかという事も、自ずと分かってくる。

電力不足は、日本経済に今後長期にに亘って確実に足枷となっていく。国の責任は重くなる。

とにかく電力を削減せんと大変な事になる。然し出来れば現状に近い経済活動と消費構造の中で何とかしたい…

建築物の空調費の低減が唯一、何もせずに両方の課題を克服できる即効力のある手段。

一般家庭やったら、よく引き合いに出されるデータにおいても、使用電力の25%がエアコン使用によるものやから、この約1/4の電力使用を低減する事が、非常に大きな削減効果を生む事は、深く考えんでも分かる。

夏場のエアコン設定温度を3℃高くしても、現状の涼しさを維持できるんやったら、どんだけの電力消費とCO2削減効果が見込めるのか?
企業担当者なら、これ位の計算がすぐ出来んかったら仕事サボっとるのと同じ事や。

今まで業界最大手の企業の都合優先で、製品の潜在能力がほとんど一般の方々に伝わらんかった「ウィンドウフィルム」の性能が、日本でようやく証明される時代が皮肉にもやって来たと思う。

震災で苦しむ方々には聊か不謹慎に聞こえるかもしれん。然し、前回の博多の震災の際も、災害対策として窓を対策せえと、国が散々言ったにも関わらず、殆ど何も変わらんかった。

窓ガラスにフィルムを貼る事は、割れたガラスが「凶器」になる事を避ける唯一の手段でもある。これは、ガラスだけでは絶対克服できない。コンビニなんかが建設費を浮かす為にやっとる「塗るフィルム」なんか、元々遮熱効果はほとんど無い上に、車が突っ込んで来た時もガラスが粉々に飛び散って、中のお客さんは間違いなく怪我をする事は避けられない。

今回の震災はあらゆる面で、我々日本に暮らす人々全てに、自然の「力」をまざまざと見せつけられる事になった。人間のあらゆる営みが、地球という物体全体からみれば、人体の産毛程度のモノでしかないかのように…

立場は違えど、みんながこの震災を我が事として、様々な事をよく考えて今後の行動に生かして欲しい。


追伸 : アクセスが予想以上にあり、やっぱしお困りの人が多々いらっしゃるんやと実感しました…建材試験センターの試験結果は、なかなか探しても見つからない(官庁関連のHPつくってはる方々、頭ええ筈やから、もうちょっと工夫してもらわんと困ります…)ので、興味ある方は一度見て下さい。

●平成18年度試験結果

http://www.jtccm.or.jp/etv/heat/hokan/h18_jissyo/seino_j_kikan18fy_kekka/report.html

●平成19年度試験結果

http://www.jtccm.or.jp/etv/heat/hokan/jissyo_model/seino_j_kikan19fy_kekka/report.html

●平成20年度試験結果

http://www.jtccm.or.jp/etv/heat/hokan/h20_jissyo/heat_20.html

●平成21年度試験結果

http://www.jtccm.or.jp/etv/heat/hokan/H21_jissyo/Report_H21/H21_report.html

●平成22年度試験結果

http://www.jtccm.or.jp/etv/heat/H22_jissyo/report/report_detail.html

●平成22年度試験結果

http://www.jtccm.or.jp/etv/heat/H23_jissyo/report.html


*「グリーン購入法」に適合しているウィンドウフィルムはこちら。

http://www.windowfilm.jp/winfilm/green.html


この中で各製品の「遮蔽系数」を建材試験センターの試験結果で見ていくと、だんだん「なるほど…」と分かってくる筈です。

夜半やのに大声出しもってゲームを見とった。ええ試合やった。


「サッカーはこんなもんや」と絵に描いたような試合やった。このスポーツが本来持っとる色んな要素が、一試合に凝縮されたような面白い試合やった。


主審が最初にPK取ってくれはったから名勝負が生まれた。あれなかったらアッサリ終わっとったかもしれん。それぐらい前半は韓国は何もできんかったし、実際どない戦ったらええか分らんかったと思う。


前半の日本は、僕らが中学の頃から当たり前にやっとった基本練習が、本チャンでどんだけキッチリ出来るかの見本のようやった。サイド攻撃と楔の動き、基本中の基本がキッチリ出来とって見てて気持ちよかった。


韓国もよう頑張った。基本は根性サッカーやったけど、最後に追いついたんはほんまにエライ。昔みたいに足削りにもこんと諦めんと攻め続けとった。韓国のモネールは最後までひたすら走った。PK外した仲間を労うええ奴やった。


サッカーが他の団体球技と明らかにちゃう点は、波の幅が激しい事やという事も、この試合が教えてくれとる。


押されだしたら必ずああなる。うちのチームもキャプテンのストッパーが焦ってバタつき出すといつもあんなんやった。みんな頭では分っとるけど押し上げきれん。徐々に押し込まれ防戦一方になる。バテてる事に気付いたら体が鉛みたいに一気に重くなって動けんようになる。みんな必死や。それでも一枚前に出ていく事が出来るんが勇気や。


久々に噛み合ったええ試合を見させて頂いて素直に嬉しい。両チームの選手、有難う御座いました。