春雨続きのこの数日、今日はようやく晴れた。
ここ暫くは淡々と日々が過ぎ、あっという間にGWがやってくるんやと思うと、1年なんてほんまにあっという間に過ぎていくとつくづく思う。
2月の最終日曜、ほんまに久々にボール蹴りに出掛けた。
僕は中高一貫の男子校で部活はサッカーをしとった。名門といわれたんも一昔前で、昔は高校選手権優勝やオリンピック代表の先達も数多くいてはった。
僕らがやっとった頃は、Jリーグが始まるもっと前やったから、ほんまに人気が無かった。部員も少なかったが中学の時は大阪市で準優勝や三都市大会優勝、高校の時は新人戦で大阪準優勝や私学大会準優勝やったからボチボチの成績やったと思う。
当時ご指導頂いた先生方が、今年で相次ぎ定年で顧問を退かれる連絡が入って、この日は中学時代の恩師の先生の慰労という事で、みんなで集まって試合をする事になった。
結婚後しばらくして会社を辞めるまでは、毎年年初の初蹴りには出とった。翌日の4日から数日の間は、筋肉痛で動けない状態が年明けのお決まりやった。
当時はJリーグが出来て間もない頃で、あちこちで俄サッカーチームが急増しとった。助っ人で呼ばれる事も多く、土日でサッカーとアメフトの掛け持ちで結構しんどかったが、まだ20代やったから何とか凌げた。
自営業初めてすぐの震災の頃から、心身ともにほんまにしんどい日々が続き、そんな日常はあっという間に消えていった。
16年ぶりに立った母校のグランドは、当時より幾分狭く感じた。創立100周年の時に校舎も大改造して、僕らが通っとった頃とは別の学校になっとったが、それでもやっぱし懐かしい記憶は蘇る。
先生に挨拶してボチボチと試合は始まった。OBや先生のお付き合いのあるチームや大学体育会のチーム等、けっこう一杯集まって、20分ハーフの総当たりの試合やった。
試合前のアップは、思ったよりボールも蹴れるし体は覚えとるもんやと正直ビックリしとった。そやけど試合始まったら予想通り最初の10分位で完全に死んどった。3本目の頃には、足が上がらんようになり、全く動けんかった。
ようこんなしんどい事やっとったもんやと思いながら、40を超えた自分の体がこれほど衰えとるという事を思い知らされた…
休憩中は、みんなで当時の話をしながら時間を潰しとった。昔の事はほんまによう覚えてるもんやとつくづく感じた。
清水遠征の時の清水東戦での武田の話なんかはみんな流石によう覚えとった。この時の遠征の試合した相手チームの中から、数名がその後出来たばっかりのJリーグに飛び込んで行きよった。
先輩らと久々に話して、僕も含めて様々な人生を送ってはるとつくづく感じた。最初にこのグランドでボール蹴ってからもう30年も経つ。
6月には高校の恩師の退官の集まりもある。今は当時一緒に練習しとった他校の方で、就任当時は全国で最初のJリーグ出身方が監督やってはる。集まりまでの間、少し体動かして頑張ってみよかと思った。