阪神大震災 | A Cheap Log.

A Cheap Log.

Kei

新年初めてのブログは大寒らしい冷え込んだ日となった。


今年は元旦に大阪天満宮にお参りに行ったが、物凄い人だかりやった。ほんまに誰もが「神頼み」なんやなと思った。新年めでたいという雰囲気はあんまし感じへんかった。


震災から14年が経った。テレビでも震災の番組は年々減ってきた。皆それどころやない現状の中、記憶はどんどん風化していく…


震災当時僕は義理の親父にあたる方の建築関係の会社を継いで2ヵ月くらいやった。


勤めていたアパレルメーカーをまさか辞めなあかん事になるとは思ってなかったが、世話になった親父さんが脳梗塞で倒れ危篤になっ為、止む無く急遽退社して会社を動かす事になった。

何も分らんまま仕事を始め、朝5時に起きて京都の旧帝国大学の100周年改修工事に行き現場で職人の作業管理と施工を手伝っとった。


17日朝の事はいまだにハッキリ覚えてる。揺れた瞬間普段全く起きない僕が怖がってしがみつく家内を放して下に走り降りガスや電源を引っこ抜きすぐNHKのニュースをつけた。

速報では京都で震度5となっとった。

「こりゃまずい…壊れとったら金が入らんかもしれん」請負金は数千万円…どないしようか思案しとったら、家の向かいの化学工場が燃え始め、明け方7時過ぎには全焼した…


事務所に走りどないするか考えたが、兎に角現場行かんと何も分らんと思いバイクで飛び出した。


途中走ってて何もなく大学も無事やった。現場所長ら皆が集まったんは午後4時を過ぎた頃やった。

所長から「○○社長、あんた明日バイクで神戸走ってくれんか?何か大変な事になっとるらしい…」

地震当日の情報はこの程度やった。


翌日からほんまにしんどい日々の始まりやった。地獄やいうたら大袈裟やけど、今思い出してもかなりの長い間が非日常の日々やった…


イトマン事件に大震災と、関西はまさしく壊滅状態となった。大学で神学を専攻しとったが、この時ほど神なんかおらんと思った事はなかった。


今こうして生きとる…お亡くなりになられた多くの方の事を思えば、生きられる事自体を日々ほんまに感謝せなあかんとつくづく感じる。

人間嫌な事しんどい事はすぐ忘れる。そやけど忘れたらあかん事はある。


僕ら関西人は、こんだけひどい震災から立ち上がって今に至ってる。自信もってプライドもって前向きに生きなあかん…