オランダやスイスでは安楽死が認められている。
と、テレビでやっていた。
オランダは、末期のガンとかでなくても認めているという。
すばらいい。私は大賛成である。
テレビ取材を受けていた男性は79歳の認知症。
両親の認知症の闘病を自ら介護していて、決めたという。
自分が認知症になったとき安楽死を選ぶと。
同じ思いを周りの人にさせたくないという思い。
この思いを止める理由があるのだろうか。。
私の祖父を看たことがある。
聡明で、楽しく、いさぎよい人だった祖父が脳血栓がきっかけで認知症になった。
だんだんと物が分からなくなっていく祖父を見るのが辛かった。
まるで子供に帰ってしまう。
そして、本能が勝ってしまう。
いままで形成された人格などはなくなってしまうのだ。
そこに、この場面にもし正気の祖父がいて、認知の自分を見ることができたら、、、、
きっと一番辛いのは本人である祖父だろうと思った。
孫の私は耐えられる、、、、
でも本人は耐えられないだろうと。。
最も、この姿を見られたくないはずだから、、、
最後、死を待つ彼は、もう彼などでまったくいない肉魂だった。
今思い出しても、哀れである。
もし、私なら、、、
認知症も進んでしまうと正確な判断能力を欠くと思う。
だから、早いうちに、自分がなにか違うことを言いだす前に、
、、
安楽死を選ぶと思う。。
今は、そう思う。
そうならないように、、だ、、
暗いが、大切なテーマである。