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石田マネジメント事務所

技術やものづくりに関する最近の話題と気づき、ちょっとした備忘録を書いています。

日経ビジネスにこういうタイトルの記事が出ています。内容は中小企業に対してのようだが、一部上場企業だとかを見てもおなじことがいえそう。

 

大手事務機メーカのC社もそうだが、企業だけでなく政治家もみな同じ。アメリカ大統領も高齢で先が危ぶまれているが、アメリカの場合企業とか産業界で新しい息吹をもたらすのは若者である。

 

ここが日本との大きな違いで、AIとかDXとか言われているが、自分も含め60歳以上の老人にこういう領域での新たな発想、バイタリティーがあるはずがない。最近、日本でもAIとか医療などでベンチャーが出てきて心強いですが、60以上の老人が社長とか役員をしている大手企業に潰されてしまわないよう、法律だとかで規制できないものだろうか。

 

「老害」の打破が次の時代の日本を作るはずである。

 

明治維新以降現在までに至る、我が国の歩みを振り返ってみると思うところはたくさんあります。

 

日清、日露の戦いから太平洋戦争のことを振り返りますと、

 

 徒党を組めなかったこと

 一国で孤軍奮闘せざるをえなかった

 

ことのつらさ、苦しさということに尽きると感じています。

 

欧州の過去数百年にわたる争いを眺めてみるとそのあたりのことがよくわかる。

 

ナポレオン戦争で周辺国に攻め入ったフランスはロシアを中心とした連合国に敗れました。この後、ウィーン体制というものができ、4国体制と神聖同盟という異なる連合体が併存するという状況下で、力の均衡ができ争いはなくなりました。

 

しかしその後ドイツとオーストリア帝国というゲルマン国家が周辺国を全て敵に回し第一次大戦を引き起こして敗れ、その状況がかわらない状況にあったため(つまりゲンルマン国家を袋叩きにするという状況)第二次大戦を起こすに至りました。

 

冷戦時代は米ソの2大陣営で徒党を組むことになりましたが、ベルリンの壁崩壊でこの力の均衡が破れ、今度は中国の台頭を招き今にいたっているわけです。

 

歴史に学べるとすると、この力の均衡策ということなんだろうと思います。

 

 

先日逝去された人物で、マスコミなどで取り上げられ、著作も再販されたりしている。亡くなった故人ではあるが、個人的にはどうにも悼むという情感がわかない。

 

この人は自分の親と同時代人で、兵隊として出征はしていないが10代のときに戦中、戦後を経験した。自分の親も大空襲などで逃げ惑いながら、大量の死者を目の当たりにしてきた。

 

その体験が原点となって戦前否定、軍は横暴で、日本は大変な間違いを犯してきた というのが彼の底流にある。

 

だが、国家の存亡をかけて勝ち目はほとんどないというアメリカに戦いを挑むことになったのは、本当に横暴な軍国主義だけのせいであったのか。たしかに夜郎自大な将官、閣僚はたくさんいただろうが、軍部含め政治家の中にも対米戦をなんとか回避しようとしていた人たちはいたのも事実である。

 

氏に限らず戦前含め否定に否定をしたがる人たちに共通しているのは、ただ「悪逆なる日本」のみが存在し、日本を取り巻く「世界」は全く抜け落ちている。

 

日本は間違いはたくさんしたであろうけれど、それならば米英露中、ヨーロッパ諸国は平和を愛する人たちであったのだろうか。歴史を振り返ってみればいうまでもないことです。

 

日本との戦闘とは関係ないところで、毛沢東率いる共産軍は数千万人もの中国人を殺戮してきたし、スターリンも数千万人も殺戮してきた。もっとさかのぼればスペインが新大陸に侵略した際は北から南まで大陸の先住民を殺戮し続けてきた。

 

我が国などとは比較にならないほど、残虐で悪辣であったし、今なお悪逆ここに極まれるような中国がいるのではないでしょうか。

 

戦前というよりも、戦後の日本に反省するべきことが多いと感じる。