通称「緑本」と呼ばれている本ですが、数式もあまりたくさん出て来ず比較的簡潔でわかりやすく書いてあります。
機械学習を志す人の定番書籍となっているのもわかる気がする。
サンプルプログラムはRで動かす前提になっていますが、Pythonで書き直したサイトがありました。
通称「緑本」と呼ばれている本ですが、数式もあまりたくさん出て来ず比較的簡潔でわかりやすく書いてあります。
機械学習を志す人の定番書籍となっているのもわかる気がする。
サンプルプログラムはRで動かす前提になっていますが、Pythonで書き直したサイトがありました。
日本のITエンジニアには、自虐的に自らを 「IT土方」 という人がいます。日本のIT業界は建設業界と同様に例えば
発注者:なんとか銀行
↓
1次請:〇ティーティー
↓
2次請:株式会社△△
↓
3次請:〇〇システム
↓
4次請:なんとかエンジニアリング
↓
というような重層構造になって1次、2次請あたりまでは上場企業だが、それ以下は非上場だったりさらには派遣会社だったりします。
IT技術者が弁護士とか医者と同格の専門家集団として扱われ、高い年収を得られる米国など諸外国との違いはあまりにも大きい。
そうした背景もあるのだろうと思いますが、単によく知っているというだけでITのプロフェッショナルを自認する向きもあります。OSやツール、ライブラリのちょっとした組み合わせですぐに動かなくなったりすることが非常に多いから、開発者にとってそうしたトラブルを早く解消してくれる人は便利な存在ということなんでしょう。所詮、ゼロから作るというチャンスはめったになく、モダナイゼーションなどで環境移行するなどほとんどが過去のレガシーのお守りをする仕事だからという事情もある。
こういうことがIT屋の仕事だと決め、変更したくない1次請とか2次請などの既得権益のおかげで、特にソフトウェア領域におけるエンジニアリングの価値創造は日本では生まれない。
発注する側も、受託する側もそれで都合がいいのならそれでいいと思っていますから、日本のIT業界には夢が全く感じられない。
新人向けのJava教育講師の仕事がやたらと多いわりに、講師役が足りないという話を聞きながらそんなことを感じました。
機能安全の経験がある人だと知っていると思いますが、日本と欧米ではリスクに対する根本的な考え方が異なります。
欧米人:リスクは低減する必要はあるが、残存リスクはある。
許容できる程度までリスクを下げたら、残存リスク
はとる。
日本人:リスクはゼロであってほしい。ゼロにするために
徹底的な取り組み(例えば品質管理)をやるのが
当然だ。
これは航空機、宇宙開発などでも如実に表れる。例えば民間旅客機で墜落死傷事故が発生すると、
欧米:事故に至った原因を徹底究明し、将来に向けて対策
を行うことが重要。そのため、当事者の責任は免除
される仕組みがある。取引できる制度もある。
日本:死傷者を出した責任主体を徹底的に調査し、犯人
を特定し刑事責任を負わせる。そのため時によって
は証拠隠滅など責任回避する傾向が顕著となる。
今回のコロナ対応でもこのあたりのことが露わになったように思います。
そろそろここを変えないといけないような気がしています。日々の安全はどこかのだれかがやるべきだ、自分のリスクがゼロでないのはけしからんと大声で文句を言うのはもうやめる時がきたのでは。