今はなきガルブレイス教授がこの著作を出したのは1970年後半、日本はバブル以前の高成長期にあった。その後1980年代の終わり頃つまりバブル絶頂期になると電通が「生活大予言」という特集記事を毎年雑誌に掲載するようになった。 これからは○○が流行る、□□の時代と盛んに書かれていた。当時の実感としては、80年代に入ると既に欲しいモノはなくなりつつあったと思う。しかし皆、一億総中流とばかりに金もあったので必要でもないものまで買い、投機に走り始め会社といわず個人といわず社会のモラルも急速に低下した。
誰がどうみても供給過剰だったので、バブル崩壊後に製造業が大凋落したのも当然といえば当然だった。日本人が真剣に世の中の不確実性を実感したのはこのあたりではなかったろうか。さて現在はというと欲しいモノがそれ程ないということに大きな変化はない。 ディジタル製品は誰でも作れる世の中になり、新規参入の障壁はソフト産業が最も低く次いで組込み電子製品が総じて低い。だから世界的にみて異常な位に供給過剰になっているのである
生き残るためには次のフロンティアを見つけなくてはならないがどの領域であれメーカが持つ従来技術だけでは難しく、「生活大予言」ではないが都合のいいトレンドを呼び込んで来ながら、自社のまだ強みが残っているうちにうまい組み手を作るなどで地歩を固める必要はあるのだろう。
ヨーロッパの自動車産業はこの手を使っている。自動車製造メーカが部品メーカなどを巻き込んで情報を共有し合いながら、将来の姿を描きそこに買い手だけでなく、サプライチェーン全体の関係者を巻き込んで自分たちのビジョンが実現するような働きかけを市場や規制当局にまで行っているのである。 日本の業界ではなかなかここまでできるところはなさそうだが、不確実な将来を生き残るためには有利な状況を作り出す知恵が必要ということだろう。