AQUOS、亀山モデルなど液晶で一世を風靡したシャープがホンハイに買収されるに至った道のりを詳説しています。90年代のアフターバブルの時代、どの企業も皆収益が悪化してゆく中で、液晶に注力して成功したかに見えたシャープですがうまく行かなかった。
著者は本の中でそもそも当時盛んに喧伝された「選択と集中」に問題があったとも述べていますが、そうは思えない。実態は選択と集中を徹底することができず、不採算事業をやめることができなかった製造業が多かったと思います。
真因は著者のいう通り「変化への対応」ができなかったからということに尽きると思います。長い時間経過において徐々に新興国も力をつけてきたこと、ものづくりの仕方もモジュラー化により日本のようなすり合わせ能力がなくても作ることができるような発想の転換が行われた。ものづくり大国、電子立国とか言われてきた日本企業だけが変われなかったのでしょう。
モジュラー開発では、製品を構成するコンポーネントや基幹部品などを数種類用意し、それらを組み合わせることにより最終製品を作るようなやり方で、半導体や液晶ではこのやり方がかなりハマってきました。
DRAMもビジネス用には20年は壊れないものを作れと顧客から言われ、日本のメーカはこうした無理難題を苦労して克服しました。しかし、時代はPCが主役担いPCのDRAMはそんな高信頼、高品質の要求は不要で、ここに目をつけて大躍進したのがサムスンでした。しかし、日本企業は対応できなかった。
自動車もシーメンス、フォルクスワーゲンなどドイツ勢が全面的にこのモジュラー方式を取り入れています。EV(電気自動車)になると、モジュラー化はさらに加速するでしょうから、トヨタなども20年後にはなくなっているかもしれない。
変化に対応する。と言っても簡単なことではないと思います。特に大企業だと先見の明があって、過去を否定するようなことをいう人間は排除されます。
日本製造業は色々な意味で耐用年数を過ぎているのかもしれません。

