現役時代の頃の話ですが、2000年以降に韓国勢から追い上げをくらって負けが込み始めた頃に、サムスンの携帯開発のやり方が話題になりました。
韓国の風土自体、猛烈な競争原理が働く社会で、携帯の開発も数チームで設計コンペが行われ、良いとこ取りをするわけです。基盤になる部分や全体の大半をAチーム案になり、その上で動く機能とかモジュールをBとかCチーム案でとなると、Aチームのエンジニアの年収がいきなり2倍とか3倍、BとかCのエンジニアは1.5倍 というようなインセンティブになるので、みな必死になるわけです。
また、韓国国内市場は小さいため海外市場にゆくしかありません。マーケティング担当は世界中に出され、1年とか2年とか年単位で現地生活し、その文化、風習を実生活で体得する。こうしてその地域の文化、宗教、習慣がわかったらそれに基づいて製品開発をします。
家電やTVなどのAVにこうした成果が発揮されました。イスラエルで売られたサムスン製冷蔵庫がは扉を開けても電気がつかない設定ができるようになっていたのもそうです。安息日は電灯をつけること自体が労働になるので、安息日の前日につかないように設定できる。部品選定、調達も徹底した管理をしていました。
半導体もサムスンにあっという間に市場を取られましたが、半導体の設計自体が、プログラミングチックといいますか、ロジカルなやり方がうまくはまる特性があったため、後発ながら日本を凌駕しやすかったこともある。このあたりは、その後今度はサムスンが中国勢にやられるわけですが。
携帯も半導体もデジタル技術の親和性と参入障壁がそれほど高くなかったことと、日本のように設計や製造法に亜流を大量に発生させることを避けるようにした国家戦略に勝因があったと思います。
勝ちに不思議の勝ちあり
負けに不思議の負けなし
といわれます。彼らのやり方の全てが、賞賛に値するとも思っていませんが、自ら何をするでなく、知恵もないくせに「それでアップルに勝てるのか!?」なんて言っている経営幹部では、負けは必定です。
これから、日本社会、組織集団のあり様をどうしてゆかないといけないのか、過去から学ばないといけません。