一年前の冬 ラベンダーの苗を手にした
その時の思いは 心を乱し 悲しみを誘っていた
やがて蕾がのびて紫色の花びらをつけ始めると
その 目には見えない光が 心の奥の複雑な思いを優しく包み
少しずつ 浄化していってくれた
今年また花芽を見つけ 見守るうちに
花芽の茎が伸びて 紫色の花びらを広げると
その輝きがもう一度 心の奥底に残っていた澱みを掬い取って
再び 軽い心に戻してくれた
花とは 何と素晴らしいことをしてくれるのだろう
幼い頃は 花に妖精がいると 思い込んでいたけれど
成長するにしたがって その思いは忘れていった
けれどもこの歳になってまた
私には 花の妖精の存在が 信じられるようになってきた
もちろん その姿は見えないけれど
そこから広がる光は 確かに感じられる
お仏壇にお供えする花も
たまには お買い物に行けなくて 飾れないときがある
それでも
その時は 飾らなくても いいのだと 勝手に思っている
一応 お祀りする形は決まっているけれど
私は それを形通りにこだわることはないと 感じているのだ
灯明は確かに 神や仏の叡智を表し 導きの光であろうけれども
それは 火を灯して祈る行為そのものに 意味があり
花は そこに宿る花の精が その空間を温かなものにするのだと思っている
だから花を切らしていても 気にすることはないんだよ
蝋燭の火を灯すのが危なければ 何もしなくてもいいんだよ
心で祈ることで きっとその思いは伝わるから
だって本当はね 神様や仏さまの心は 私達のこの中にあるのだから
以前は「花を切らしてはいけない」という義務感もあったけれど
今は 花の精気を感じながら 楽しく選んでいる
その 花の力に気づいてから
私が座るキッチンの 向かい側に
その時々の お気に入りの花を飾るようになった
作業の合間に ふと顔を上げると
その花の精が やさしく 語りかけてくれる
秋には エノコログサなどの野の花を飾り
お正月には 松の小枝を
今は 梅の枝と 薄桃色のトルコ桔梗が飾られている
パソコンから目を離して見上げるたびに
その花が 私にやすらぎと 力を与えてくれる
そしてまた その花の色どりが さらなる光を呼んでくれる
やはり 妖精はいるのかな…
今日はまだ寒いけれど もう きっとすぐに暖かくなる
色とりどりの花が咲き やがて花の妖精たちが 街じゅうで踊りだすだろう
花の精たちよ
人々の心を癒し 夢を与えて
そうすれば 癒されて元気になった人々の力が
今度は 世の中全体を癒し 浄化していくから
この地球を この宇宙を
私達のこの体の奥深くにある 全ての世界を
その花の力で…