私が幼いとき 父親を亡くして自分も寂しいのに
四人兄弟の長男として 母親を助け
小さい私を可愛がってくれた「お兄ちゃん」
肺結核に罹って入院した時は、
私に 白い泰山木の花を描いて送ってくれたよね
だけど大人になった「兄」は、自由奔放に過ごしていたね
取柄は どこまでも素直なこと
あらまあ…と思いながらも
どこか その生き方を羨ましいなと思っていた
それでも年をとるごとに その気儘さは増していく
87歳になり 運転を止めさせるのも なかなか難しかった
先日その兄が 極度の貧血で急遽入院したと
共に過ごしていたS さんから 知らせを受けた
輸血治療を受けることになり 翌日の検査のため 絶食となったようだ
朝6時(!)に 兄よりのコール
どうしたのかと電話をとると
E子、急に入院させられて 食べるのもだめ 飲むのもだめ
喉がからからだよ~
それを聞いて ふと不吉な予感💦
これは 病院でおとなしくしていないかも…
それから 兄の入院している病院に行くことにした
30分後 高速バスターミナルに着いたとたん
病院から電話 看護師さんだった
すみません お兄さんのことで先生からお話があるそうで 来ていただけますか
やはり… きっと何か言われるのだ
お世話になります 今そちらに向かうためバスターミナルに来たところです
すみません 2時間後にはそちらに着けると思います
病院に着くと 案の定
お兄さんは 退院したいと言い張っています
今日のところは 輸血も終わりましたので 退院してもらいます
検査も本当は 必要ですが
一応落ち着いてから また来てください
運悪く その日 お世話してくださっている S さんは用事で不在
連絡もとれず 私が決めても悪いと思ったが
お医者様に従うしかない💦
何より 兄が主張しているから…
病室に戻ると 兄は嬉しそうに いそいそと退院の準備をしている![]()
Sさんの留守宅に私が行くのは 憚られるので
実家のほうに 連れて戻った
今の状態でひとりでは 置けない…
S さんが聞いたら 何てことしてくれたと 驚くだろう…
兄からは 自分は一人で大丈夫だから 早く帰れよ と言われながら
私は 先行きの不安と闘いながら じっと堪えていた
ほどなく Sさんより電話
退院したことを告げると 驚いて タクシーでやって来た
それから 二人でかなりのバトルをした後に
S さんが病院に詫びをいれて 翌日再入院させてもらうことに
お医者さんのいうことを 聞きますから お願いします と言いなさいね
Sさんが言い含めて 私と兄は その夜駅前のホテルに泊まった
翌日ようやく 再入院できた
次の日検査を受けた
その検査の結果 また私が呼び出された
胃癌が かなり大きくなっていて 出血している
肝臓にも転移が見られる 一般的に言って 余命は3ヶ月…
覚悟はしていたものの かなり深刻な状態だ
私の中に 深い悲しみと 反対に強い覚悟とが広がっていった
お医者さんは 寿命の事などを除いて ある程度それを本人に告げた
結果 手術はしない 抗がん剤治療もなしと決まった
それでも 輸血によって元気になった兄は また
早く帰りたいと言い始めた
帰る間際に私が兄に行った言葉 我ながらひどい妹だと思った![]()
あのね お兄ちゃんは 癌なんだよ
私も心配で 大事にしてほしいから 好きなことばかり言わないで
大変な病気を抱えているんだから それを自覚して
なんて 普通なら絶対言わない 言葉だよね💦
でも幸せなことに 不思議にも胃癌なのに痛みも むかつくこともなく
何でも食べられている
そこは本来なら 喜ぶべきところだけど
そのせいで 兄は 勝手な行動をしようとする
とにかく退院したいと 言い張る
今の医療では そういう患者は退院させるしかないのだ
退院して どうしよう…
いくら仲が良くても 友人という身分のSさんに
そうそう負担をかける訳にはいかない 彼女も 兄と同じ年だから…
それから数日 悩み多い日々が続いている
今回のことで
旅路を終える時 私はどうするだろうかと 改めて考えた
私は我儘言えるほどの体力もないから 素直に治療も受けるだろう
娘たちに負担をかけたくないから
入院もするし 施設にも入る
ただし やはり癌であれば もう何の治療もしない
延命治療など 一切しない
そして みんなの優しい顔を思いながら 次の世界へ旅立ちたい
ただそれも 認知症にならなければ だ
今はただ 誰にも迷惑をかけない 静かな最期を
願うばかりだ