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自らの文章のアーカイブと考えている

小川紳介 辺田部落から牧野村へ
 小川紳介を語ることは難しい。

 あらゆる言葉を用いても語りきれないし、語り尽くせないからだ。
 また、知人も小川作品に出ているし、内部の話も聞いた。無論いい話ばかりではないからだ。

 人によっては牧野(まぎの)村以前と以後とに分ける。  私は辺田部落から牧野村は確実に繋がっていると思っている。成田闘争の渦中の映画作りの中で、その地域について目を向けたのが辺田部落そのものだからだ。

 小川プロが成田から牧野に文字通り移り住んで、稲を撮り、雪を撮り、養蚕を撮る。それも執拗に撮る。キャメラマンに恵まれたからこそ撮れたのだと思う。

 小川の製作プロセスは撮り逃げではなく、そこに住んでしまうことであった。住むことによって初めてキャメラは横位置(「現認報告書-羽田闘争の記録」の製作ノートでこう言っている。「権力との衝突の際に(キャメラは)決して警察権力と学生との間に、横位置に、居るべきではなかった」)にならないことを証明したのだと思う。

 住んでしまうこと、生活を「現場」に移すこと、それがどれほど深い意味があるか、小川の作品に接すると誰もが瞬時にして感得することであろう。「中」に入ることによって、人々が本当の言葉で話し始めるのだ。本当の言葉を聞くには、本当の言葉を聞く耳を準備しなくてはならない。それが「中」に入ることなのだ。

 しかし、外から「中」に入るのではない。「中」に入って初めて元々「中」に居た事を知るのである。その発見が言葉を見出し、顔を見出し、映像を紡ぎだすのだ。

 小川プロは「辺田部落」のフィルムを持って山形へ行き、そこで真壁仁に会う。(驚くことに真壁仁は現在は中学の教科書にも載っている)そこで、なぜ「労働」が撮れないのかと追及される。それが牧野村へ移住する契機となったと言う。

 それが作品「牧野物語・養蚕編」「牧野物語・峠」「ニッポン国古屋敷村」「1000年刻みの日時計・牧野村物語」に結実していく。

 私は、高崎経済大学から牧野村へ実は連綿と続く「土の記憶」「雪の記憶」ではないかと思っている。
とってもいい店

 この店は遥か昔から知っている店なのだが、入ったことはなかった。
 なぜなら駅から家の間にあるのだが、その手前にいつも行く店があり、そこに行くとその店には寄れないというより遅くてやっていない。

 日本酒を呑ませるよく行く店が夏は燗をやっていないので、ふと思いついて行ったのだ。

 ところがあまりにいい店なので、今日も行ったのだ。

 私は常々「おとうし」の楽しみな店がいい店と言っているがまさしくその店がそうなのだ。

 「おとうし」には、だし汁の中に白いものが流れるような形である。
 箸をつけると、その白いものは麺状に崩れる。
 口に運ぶと、想像できない味、美味。



 思わず聞いた。
 形は天の川。つまり七夕風情。
 麺状のものは、豆腐を裏ごしし出汁と寒天で固め、ところてんつきで突きだす。
 天の川の上に乗っているふたつのおくらは、彦星と織姫とのこと。
 見た目、形、味、のど越し、酒との相性、全部いい。

 酒は澤の鶴、燗もちょうどいい。

 焼酎は「黒ぢょか」で出てくる。




 肴は穴子白焼。サビの甘さと、おしたじのコクと合い絶品。



地元だし、狭い(10人ほどしか入れない)ので店名は言えない。
リーブラ映画祭2007

 3月8日は国際女性デーであり、その一環で開かれたイベント。昨年大阪で開かれた「女たちの映像祭・大阪2006」(第三回)の流れを汲んでいると思う。すべて女性監督のドキュメンタリー作品が上映された。

 上映作品

トントンギコギコ図工の時間 野中真理子監督 2004年
それから、青い鳥はどう飛んだ?女性だけの劇団30年の歩み
天衣織女監督 2003年
三池 終わらない炭鉱の物語 熊谷博子監督 2003年
布 結びあう女たち チェン・ウエイスー監督 2004年台湾
纏足 10センチの黄金蓮花をさがして
 ユーチン・ヤン監督 2004年カナダ・中国
花のこえ 太田綾花監督 2004年

 私は「三池」「布」「纏足」の三作品を観た。


三池 終わらない炭鉱の物語
 三池の歴史をたどることは日本の近代化をたどることであるが、抑圧と搾取の歴史をたどることでもある。今回の映画祭で上映された理由は、単に監督が女性だからという事ではなく、その歴史の 「少なくとも半分以上」は女性の歴史であるからだ。
 過酷な労働条件の中で炭鉱労働に従事した女性たち。三池争議を担った女性たち。そして400人以上が死亡した爆発事故。その被害者を介護したのは女性たちであり、援護立法に立ち上がったのも女性たちであった。坑道の中で一週間にわたる座り込みをしたのは、CO中毒患者の介護をする女性たちであり、その女性を支える女たちであった。

 その中には敗戦になり中国から着の身着のままで子どもを抱え帰国した女性たちがいた。その女性たちは今でも介護を続けている。

ところで「国際女性デー」は知名度がないように感じるのは私だけ?3つの関連イベントに出席したが、燃えているのはそのイベント会場の中のみ、という印象が強い。


布 結びあう女たち チェン・ウエイスー監督 2004年台湾
 台湾の女性たちがどのような閉塞状況にあるのか知見をもっていなかった。彼女たちに「芸術的な表現」をさせようというサークルがあり、素材に最も身近な「布」を選び、方法に「手縫い」を選択した。

 女性たちはみるみる「表現」を手に入れていく。そのさまは感動的である。

 表現を手に入れた彼女たちは、そこから自分を見つめることになる。そして自分の存在に対し、自分の人生に対し、考えを深めていく。夫、義母、子どもとの関わりと自らの存在に思いを寄せていく。

 上野千鶴子氏の「スカートの下の劇場」をテキストにし、自らのセクシャリティーにも目を向ける。


纏足 10センチの黄金蓮花をさがして
 ユーチン・ヤン監督 2004年カナダ・中国
漢民族が1000年にわたり纏足を続けてきた理由は一様ではない。

 カナダに居住している監督は中国の実家へ行き纏足をしている女性たちを訪ねる旅に出る。監督の母親や叔母が纏足「した」最後の年代だという。旅の中で多くの纏足している女性に会うが、なかなか話してくれないし足を見せようともしない。監督は纏足の「美」として最高に評価されている10センチの足(それは黄金蓮花と言われる)を求める。

 その一様ではない理由の中に、女性への抑圧を見たと思う。結局抑圧のシステムであり、性器切除と根源的に同一のものかもしれない。纏足することにより結婚しやすくなる、纏足していると夫からの暴力が少ない、などの物言いはあきらかにそれを示しているし、纏足への性的な迷信?もその範疇に入るであろう。

 映像は、自分で希望した纏足がほとんど無かったこと、それは母から娘と「伝承」していったこと、纏足によって逃げられず多くが戦災で亡くなったことなどをあきらかにして行く。