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自らの文章のアーカイブと考えている

モツ風情

 かつてモツという食物は辺境の食べ物だった。
 だからおいしいモツ焼や煮込みを探す楽しみがあった。
 仕入れと手の掛け方でどんなものにも変わる可能性があったからだ。

 無論、おいしくないものも山ほどあった。
 おいしくないものに共通するのは、店側の諦念感だ。
 所詮安い物だからという卑下した態度だ。

 安い物をおいしくさせる工夫は「チューハイ」に通底する。
 かつて東京にはおいしい焼酎がなかったため、それをいかにうまく呑ませるかという工夫から生まれたのが「チューハイ」つまり「ショーチューハイボール」だ。
 私の父母の世代は焼酎を労働者の飲み物と言い呑まなかった世代だ。

 ところが気がつけばモツブームである。
 BSEがきっかけという人もいるが、私はそれ以前から始まっていたという認識がある。
 昨今思うのは、どの店も美味しいのだ。
 どの店も美味しくなっては面白さが無くなってしまう。

 江東一や百尺などの名店が消えた後にブームが来たと思う。
 そのブームの中でも、三裕酒場や大黒屋などは消えて行った。

 逆に洗練されない味が懐かしくなる。
 身勝手なものだ。


 豚軟骨の煮込み


 アブラ身のソース煮


 地元で音楽祭があり、二人のヴォーカリストの歌を聴いた。

 井手麻里子さんと、shinonさん。

 shinonさんが青森の下北半島出身在住と聞いてすっかりファンに。


 なぜなら、下北半島を3日かけて徒歩旅行したことがあるから。本当は一周の計画だったが、天候で半周(大畑、下風呂、大間、佐井村)になってしまったが

 演奏はTAKE*BANDにテナーの岡田充弘さんが加わったもので、スタンダードをスムースに演奏していた。「テイクファイブ」のベース(柳原たつおさん)がおもしろかった。
ジョン・ロールズの弁明 2008年01月16日



センに批判されたと記した。
 
 これだけではロールズ(John Rawls)の誹謗中傷(笑)になりかねない。実際には全然違う。60年代以降多くの人に影響を与えたのだ。

 また、センの批判に対しそれをすぐ受け入れたという学者らしからぬ面も持つ。
 しかし、彼の業績で最も大きいものと言えば「市民的不服従」のバックボーンとなった「正義論」(A Theoty of Justice 1971)であろう。

 「市民的不服従」は公民権運動からベトナム戦争というアメリカを中心とした歴史の大きなうねりの中で、制定法に対する評価や批判で生まれてきた「行動」である。ルーツをたどればソローにもガンディーにも行き着くのでけして60年代に産まれたものではないと思う。

 ロールズは「公正としての正義」を唱えた。
 誰もが「無知のベール」によって自己の能力や資力、社会的立場などを知らされていない原初状態では、だれもが
 「最も不遇な人が最大限に保護される社会」
 を選択すると考えた。(私は「無知のベール」を「プリミティブな同情心」と言っている)

 そのような社会の公正としての正義は
 「各人は社会生活を送るさいに基本となる自由に対しては平等の権利をもつ」

 「社会的・経済的不平等はそれが最も不遇な立場にある人の福祉を促進することに役立つかぎりで容認され、社会の全構成員に機会の均等が公正に与えられるという条件下で発生してきたものに限定される」

 というふたつの「原理」でなりたつと説いた。

 また次の指摘がある。
 「ある人の自由(freedom)の喪失が、他の人々に今まで以上の善(good)を分け与えることを理由に、正しいとされることを正義は認めない」

 「少数に強いられた犠牲が多数に享受される以前より多くの有利性(advantage)の合計によって償いを受けるということを正義は許さない」

 正義に適う社会とは
 「平等な市民権が確立し、正義で保証される権利は政治的交渉とか社会的損益計算には従わない」

 制度とは
 「権利と義務を伴う職務や地位、権力と免除特権などを定めるルールの公共的体系(許容行為と禁止行為を定めること)」

 論とするところは自由と平等と正義である。
 自由と平等のないところに正義はないのである。そして正義を抑圧するのは国家権力が多く、それに対抗するには「市民的(良心的)不服従」があるということである。

 極小は「ひのまる君が代」大きくは「戦争参加」、正義があるのかどうか見極めていかなければならない。