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自らの文章のアーカイブと考えている

ひばり農園 La masseria delle allodole 2008年05月04日



アドルフ・ヒトラーがユダヤ民族の「絶滅」を企図した時、協力者の何人かは「世界中が抗議するだろう」と忠告したという。それに答えてヒトラーは「アルメニア人大量虐殺を覚えている人がいるか?」と言ったという。

 時代は露土戦争後第1次世界大戦前夜のトルコである。
 当時のトルコはオスマン帝国の黄昏時である。青年将校たちの革命と、ムスリム連合やアルバニア兵士や神学生(ソフタ)などによる反革命が起こり、首都の争奪戦が起こる。その混乱の中でトルコ主義が台頭し独裁へと暴走する。

 第1次バルカン戦争の敗戦中に将校のクーデターがおこり、軍事独裁が始まる。反対派は容赦無く弾圧され多くの悲劇を生むことになる。

 その中で1915年に起こったアルメニア人の大量虐殺を扱ったのがこの作品である。

 戦争で起きる虐殺は、戦闘で起きるのではなく、圧倒的に力の差がある場合に起きる。多くは市民と軍隊の間である。
 それは軍隊としては効率のいい排除方法であり、危険の少ない方法なのであろう。そして戦争がある種の経済行為であることを証明するように資産の掠奪が行われる。金銭の場合もあるし、性の場合もある。

 あらゆる年齢層の男性全てが虐殺された後に女性のみが歩いて移動させられる。その姿は米国が先住民族に対して行った「涙の旅路」を連想させた。
 そして、戦争の本質が抑圧対象探しであることも示してくれる。
 そして、常に生き残るのは実行命令者。

 歩きながら排泄を強いられ、歩けなくなった老女は殺され、脱走を図った女性はキリスト者を嘲るように磔にされて殺される。生まれた嬰児が男だと分かると母親は殺せと命じられ、女児は性を奪われ、若い女性は家族の食料を確保するために身を委ねる。

 EUやEuroの誕生は、ヨーロッパの余りに多すぎる戦争の犠牲があったからこそ、そしてその上にあるような気がする。しかし、セルビアやコソヴォを見てもその犠牲が過去の一時期にあった訳ではないことが分かる。それは常にあり、またいつでも起こりうる。

 アレッポの城壁に沿う崖に立ってアルメニアの歌を歌う。
 その確実な死を前提とした行為から、何を見ていたのだろうか?
 どんな未来を見ていたのだろうか?

 人々が民族や人種や宗教を理由とした馬鹿げた抗争から救われる時代は来るのであろうか…民族が人々の共通性を示し、人種が人々の差異性を確認し、宗教が生活に対する観点の違いを確認するという本来の意味を持ち、国家の無謀な行為の口実にされない時代は来るのであろうか…

 いつか、正義という言葉も、勇気という言葉も使われなくなる時代は来るのであろうか…

監督・原案・脚本:パオロ・タヴィアーニ、ヴィットリオ・タヴィアーニ
原作:アントニア・アルスラン(『ひばり館』早川書房)
2007年117分
イタリア映画祭2008 2008年05月04日

今年で8回目を迎えるイタリア映画祭だが、例年の混雑から予想していたとおりとうとう全席指定席制になった。プレイベントだった9年前のイタリア映画大回顧から比べたら隔世の感が強いが、良質の映画を多くの人に観てもらいたいという「意志」は十分伝わったと思う。

 当初は宣伝を手伝ったり、昨年は取材等もしたが、私自身の役割は終わったと思っている。元々イタリア語は全然分からないし…
 しかし映画祭の役割は終わらない。
 なぜなら映画祭で上映され好評を博しても一般館で上映されなかったり、DVD化されなかったりするほうがまだまだ多いからだ。実際に日本は映画貧困地域であることには違いない。だから映画祭が全指定席になるのだろうが…

 私は個人的には予約でしか入れない酒場と、映画館の指定席は好みではない。
 酒を呑むことは衝動であるはずだし、映画はチェーホフなどの現代劇が前提としたように「覗き見」であるべきだからだ。決められた席に座って「覗き見」するのは居心地が悪い。

 しかし、今年のイタリア映画祭も充実している。
 エルマンノ・オルミやタヴィアーニ兄弟など著名な監督の作品があるし、フェルザン・オズペテク、シルヴィオ・ソルディーニ、カルロ・マッツァクラーティなどの当映画祭で登場し大きな貢献をしてきた監督たちの作品があるし、ドキュメンタリー出身の新人アレッサンドロ・アンジェリーニ監督や女性のフランチェカ・アルキブージ監督の作品もあるからだ。

 また、私が注目してきた女優マルガリータ・ブイの作品も複数ある。

 ドイツ映画祭、フランス映画祭と並んで続いてほしい企画であるが、出品作がもっと普通に多くの人に観てもらいたいという思いは達せられていないかもしれない。

Festival del Cineme Italiano 2008 Tokyo

上映作品
潮風に吹かれて L'aria salata アレッサンドロ・アンジェリーニ監督
いつか翔べるように Lezioni volo フランチェスカ・アルキブージ
百本の釘 Centochiodi エルマンノ・オルミ
ひばり農園 La masseria delle allodole タヴィアーニ兄弟
対角に土星 Saturno contro フェルザン・オズペテク
考えてもムダさ Non pensarci ジャンニ・ザナージ
湖のほとりで La ragazza del lago アンドレア・モライヨーリ
日々と雲行き Giorni e nuvole シルヴィオ・ソルディーニ
なまざしの長さをはかって La giusta distanza カルロ・マッツァクラーティ
副王家の血筋 I vicere ロベルト・ファンツァ

プレミアム上映
カラヴァッジョ Caravaggio アンジェロ・ロンゴーニ
8,1/2 Otto e mezzo フェデリコ・フェリーニ

短編作品
たまご Uova アレッサンドロ・チェッリ
ヨーロッパ2005年10月27日 Europa 2005,27 Ottobre ダニエル・ユイレ
昨日 Ieri ルカ・シヴォレット
代理教師 Il supplente アンドレア・ユブリン 
電車内化粧と冠婚葬祭

 電車内で化粧をしている人(主に女性)を見かける。
 また髪を梳かしている人も見かける。
 先日は横断歩道で歯磨きをしている女性を見た。

 そんな時、批判的に見たり、(まさかいないと思うが)注意したりしないほうがいい。
 それは、ひとつには批判的な見方が自己の特定の価値観から発している場合が少なくないし、さらには社会学的あるいは心理学的な、あるいは民俗学的なアプローチの機会を失うからだ。

 かつて身だしなみは、外に出ると他者に会うから家の中でしてから外に出た。
 化粧を電車内でするという行為は、化粧が「身だしなみ」から逸脱したのか?あるいは、「身だしなみ」は誰に会うかわからないためにするのではなく、特定の人に会うからする行為に変化したのかである。

 これはゲマインシャフトとゲゼルシャフトの関係性の変化を予想させるたいへん興味深い事象なのだ。

 冠婚葬祭のしきたりの変化も興味深い。
 私が追っている(笑)のは通夜の服装である。

 かつて喪服は白だった。
 それが慶事のときの黒になったのは、戦時下の緊縮が理由だ。後に国民服になっていくが…
 これは国策(おおげさか)でもあり、理由もはっきりしている。

 以前通夜の服装は平服、あるいは普段着が常識だった。
 ところが、昨今黒い服装が多い。
 なぜなのか?

 こういったしきたりは「気持ちを形で表す」のが基本だ。
 通夜のコンセプトは「突然」である。
 だから金袋の表書きも薄墨で書くのである。
 突然であるから、墨をすっている時間がないのだ。
 だから通夜の服装は普段着が基本のはずだった。
 つまりそうじゃないと、死を予想していたことになるからである。あるいは死を待っていたことにもなりかねない。これは不敬なのだ。

 女性週刊誌「anan」の先々週号で「知らないと恥をかく常識」という特集の中で、通夜の服装のところを見ると「最近は喪服でもOKです」となっていてその理由が書かれていない!(笑)

 この変化の理由を考察するにはネックがある。
 それは喪服ではなく略礼服を着ている人が多いのである。
 略礼服はブラックスーツであるから、平服と言う事も言えるのである。

 ならば喪服とはなんなのか?
 五つ紋の紋付であり、男性なら袴だ。
 洋服の場合男性ならモーニングコートかディレクダーズスーツだろう。
 ところが女性の洋装はよく分らない。

 モーニングコートやディレクダーズスーツは喪服ではなく、正礼装・準礼装である。
 ヨーロッパには喪服という服装は無いのかもしれないし、ブラックスーツもあまり着ないようだ。
 日本が白い喪服を廃止したところから日本に喪服は無くなったのだ。
 黒紋付は正礼装にすぎない。

 服装は相手に失礼のないように配慮し決めるものだ。
 だからその丁寧さの表現が「通夜に礼服」になってしまったのか?
 ところがその丁寧さにもネックがある。
 例えば丁寧さを発揮して「通夜に礼服」を着ようとした場合、モーニングコートやディレクダーズスーツは昼の服装である。夜だったらテイルコート(ホワイトタイ)かタキシード(ブラックタイ)になる。
 通夜にタキシードじゃちょっとヘンじゃないか?
 そこで礼服ではない略服を着るのか?
 略服は平服だから結局普段着で通夜に出ているのか、ということになるとあんな真っ黒なスーツを普段着ている人はいない。
 中々難しい問題になってきた。

 もうひとつの丁寧さは、喪主側が喪服なのに行く方が普段着じゃまずいという感覚だろうか?
 家に招かれた場合それなりの服装がある。
 ジャケットにタイだったらそれほど問題は無い。
 ただ通夜は違うのである。コンセプトが「突然」だからだ。

 水引に「蝶結び」だ「結び切り」だとカタチに拘るわりには、通夜の服装に関しては統一感がなさすぎる。

 どこかに明確な「答え」がないものか…