皮下脂肪が蓄積されるケースとして不規則な食事、食事間隔の増大、短時間での血糖値上昇があげられる。これらをなくせば皮下脂肪は蓄積されない。これを踏まえて具体的な方法をあげていく。
1.体重を計る
前の文章で体重の計り方を説明したが、これだけで体重が減る場合がある。理由はよく分からない。NHKでも実験し7割がたの人に結果が出ている。
2.食事回数、食事間隔
これは最低1日3回、4回でもいい。但し規則的が大事。
3.食餌量
食餌量を制限することはダイエットの失敗を招く。だからしない。ところが食事の満足度は量と無関係の場合があるので難しいところ。
日本を取り戻す、命を守る どうやって?
安倍晋三首相は集団的自衛権の説明で、(朝鮮半島有事の際の邦人救出で)米艦船に乗ったおじいちゃんやおばあちゃん、そして赤ちゃんを守らなくていいのですか?と言い放った。
元々世界最強の軍隊であり、軍事力を常に行使し、地球上のどこかで必ず戦争をしているアメリカ軍を日本の自衛隊が「守る」という発想そのものがナンセンスだが…
ところが米軍との協議(1998年)で日本人が米艦船に乗船することはほとんど不可能であることが判明した。乗船できたとしても、四番目の「その他」のカテゴリーだ。
ここで問題が二つある。
ひとつは、首相がこのことを知っていたのかどうか?
もし知っていて言ったのなら間抜けな策士である。それは五輪誘致のときの「アンダーコントロール」に似ている。
もし知らなかったら、とんでもないスタッフの脆弱性を露呈したことになる。
こんなスタッフのグループに政権を任せるのは危険極まりない。
もうひとつは、日米安保条約である。
日米安保条約によって、米軍は日本の何を守ってくれるのか?
国か、国土か、人か…少なくとも人は守らないらしいことは今回分った。
具体的に何を守るのか是非とも知りたいと思うのは私だけではないだろう。
安倍晋三首相は集団的自衛権の説明で、(朝鮮半島有事の際の邦人救出で)米艦船に乗ったおじいちゃんやおばあちゃん、そして赤ちゃんを守らなくていいのですか?と言い放った。
元々世界最強の軍隊であり、軍事力を常に行使し、地球上のどこかで必ず戦争をしているアメリカ軍を日本の自衛隊が「守る」という発想そのものがナンセンスだが…
ところが米軍との協議(1998年)で日本人が米艦船に乗船することはほとんど不可能であることが判明した。乗船できたとしても、四番目の「その他」のカテゴリーだ。
ここで問題が二つある。
ひとつは、首相がこのことを知っていたのかどうか?
もし知っていて言ったのなら間抜けな策士である。それは五輪誘致のときの「アンダーコントロール」に似ている。
もし知らなかったら、とんでもないスタッフの脆弱性を露呈したことになる。
こんなスタッフのグループに政権を任せるのは危険極まりない。
もうひとつは、日米安保条約である。
日米安保条約によって、米軍は日本の何を守ってくれるのか?
国か、国土か、人か…少なくとも人は守らないらしいことは今回分った。
具体的に何を守るのか是非とも知りたいと思うのは私だけではないだろう。
ヨンパルト神父の死刑廃止論 2008年06月02日
イエスズ会の司祭であるホセ・ヨンパルト神父の「キリスト者に問われる死刑問題」というテーマの講演がイグナチオ教会内の施設で5月28日にあった。
ヨンパルト神父は同じイグナチオ教会のペドロ・アプレ神父の勧めで法哲学と法学をドイツで学び、上智大学の法学部教授も務めたキリスト者である。帝銀事件で鑑定書を2度出したこともあるし、袴田事件にも関心が高い。
死刑廃止論は、一般の信者さんも多かったせいか、聖書の言葉を引用したり、と一般論が多かったが、結構種々のデータを引用し、存廃の犯罪増減や執行数の偏りなど印象に残った。
会場から殺人被害者が身内にいるという信者さんが「犯人を憎む気持は当然で、犯人を殺したいと思う気持も否定できないのでは?」という発言があった時に神父はこう言った。
「イエスは原罪を背負って死んでいった。だから私たちは赦す義務がある。これは義務なのです」
また「犯人がその道から立ちかえり生きることに喜びを見出す」のがキリスト者の立場、とも言った。
死刑問題は生死の問題であるので宗教界からの発言も少なくないと思うが、私がキリスト者ではないせいであまり接する機会がない。ところが、神父の話は通常接している死刑論議と大変近い立ち位置にあるため違和感は少なかった。神父が法学を基本に置いていたからかもしれない。
尚、6月13日には「死刑を止めよう」宗教者ネットワークのセミナーが大本東京本部である。
イエスズ会の司祭であるホセ・ヨンパルト神父の「キリスト者に問われる死刑問題」というテーマの講演がイグナチオ教会内の施設で5月28日にあった。
ヨンパルト神父は同じイグナチオ教会のペドロ・アプレ神父の勧めで法哲学と法学をドイツで学び、上智大学の法学部教授も務めたキリスト者である。帝銀事件で鑑定書を2度出したこともあるし、袴田事件にも関心が高い。
死刑廃止論は、一般の信者さんも多かったせいか、聖書の言葉を引用したり、と一般論が多かったが、結構種々のデータを引用し、存廃の犯罪増減や執行数の偏りなど印象に残った。
会場から殺人被害者が身内にいるという信者さんが「犯人を憎む気持は当然で、犯人を殺したいと思う気持も否定できないのでは?」という発言があった時に神父はこう言った。
「イエスは原罪を背負って死んでいった。だから私たちは赦す義務がある。これは義務なのです」
また「犯人がその道から立ちかえり生きることに喜びを見出す」のがキリスト者の立場、とも言った。
死刑問題は生死の問題であるので宗教界からの発言も少なくないと思うが、私がキリスト者ではないせいであまり接する機会がない。ところが、神父の話は通常接している死刑論議と大変近い立ち位置にあるため違和感は少なかった。神父が法学を基本に置いていたからかもしれない。
尚、6月13日には「死刑を止めよう」宗教者ネットワークのセミナーが大本東京本部である。