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自らの文章のアーカイブと考えている

ジャズの夜 大阪編 part3

私の知っているスティットは面白みのない人だが、そのLPでのスティットは違っていた。

光っているのだ。そのLPの演奏が終わりジャケットを見せてもらうと、ミューズ盤なのだ。
私がスティットというとペンオブクインシーのイメージが強くて、と言うと彼は「ペンオブクインシーなんかより復帰後のミューズなどのマイナーレーベルの方がはるかに良い」と言うのだ。

「それだったらソニー・クリスと一緒ですね」と言うと「そうそう、クリスクラフトやアウトオブノーホェアね」と言った。そして「クリスの晩年のザナドゥ盤は良かったね」と言うのである。たまたまそのスティットのアルバムのピアノがバリー・ハリスで、私がハリスのプレイを評価したので、そこからの連想だったと思う。彼の言葉はまさしくサタディ・モーニングを念頭に置いている言葉で、私は深く深く同感の意思を示した。スティットもクリスもチャーリー・パーカーの幻影からいかに脱却するか、という大きすぎるテーマにまとわりつかれた人だったと思う。その脱却方法には我々の計り知れない苦労があったのだと思う。だから後期のモノがいいのだ。二人とも…

 実はその時にはカウンターに二人の男性が座っていたのだが、そのお客にお構いなしに会話は続いた。彼らはジャズファンではないらしく、ポカンとした顔で私たちを交互に見ていた。そして彼は聴かせたい1枚だったスタン・ゲッツとケニー・バロンのCDを示した。そのジャケットはカウンターの上にディスプレイされていた。ゲッツの死ぬ3週間前のプレイだが壮絶なプレイをしていると言う。私はコルトレーンのアフリカンセンターでの演奏を引き合いに出した。その時点で意気投合した。

 ま、こんな出遇いもある、ということなのだろうか。私はこの出遇いを良しとはしたくなかった。同病相憐れみというカンジだからだ。私はスティットが終わったところで店を出た、居ようと思ったら何時間でも居られる。現に1時間半たっていた。

外に出ると地下鉄の出口にこの店の宣伝用紙がたくさん貼ってあることを発見した。

ジャズの夜 大阪編 part2

私がここトップシンバルに来たかった理由は専門雑誌『ジャズ批評』に「昼のコーヒータイムは昔のように大音量でかけています」という一言にあった。当然行った時間は9時すぎのバータイムだから音は小さいし、スムースなものしかかけないことは理解していた。

 しかし、その最悪となるべき出遇いはそうはならなかった。マスターはかけていたCDを途中!で止め、「何か聴きたいか」ときいてきた。若かった時を除いて私にリクエストの趣味はない。その店が何を聴かせるかがスリルがあるのだ。よってソフトにお断りした。すると彼は「静かなのがいいか?うるさいのがいいか?」とたたみかけるようにきいてきた。もうこうなっては後に引けない。極めてソフトさを装い「強いて言えばうるさい方が好きですね」と言うと、彼はアート・ブレイキーのナイト・イン・チュニジアのLPを持ってきて「これでもいい?」と私に同意を求めた。私は「いいですね」と答えた。

 彼は音を最大限にしてそれをかけた。はっきり言って素晴らしい演奏であり、素晴らしい音だった。あんなに何回も聴いているのに新しい発見ばかりだった。

 そのA面が終わると、今度はオーディオに興味があるかときいてきた。なぜなら彼の推薦盤にはオーディオ的に興味深いものと、演奏として興味深いものがある、と言う。私がオーディオにも興味はあると言うと、彼はまず席を移れというのだ。私を両方のスピーカーの中央に来る位置に座らせた。

 かけたのはディジー・ガレスピーの1970年のドイツでのライブだったのだが、それはすさまじかった。ガレスピーのオープンとミュートが聴けるのだが、音の大きさ、鋭さ、本当に欠点のないCDだった。ガレスピーの音がまっすぐつっこんで来る、という感じだった。彼が言うにはこのアルバムに関してはレコードは音が良くないと言う。CDがマスターテープを忠実に表現しているのでCDに限るという。

 演奏が終わってマスターとジャズジャイアンツの話になり、彼らが総じて音が大きいこと、ミュートをつけても全く弱音しないことなどを話し、その中でソニー・クリスの名前も出てきた。

 彼は次に演奏として素晴らしいモノとしてソニー・スティットをかけたいと言う。「嫌いか?」ときかれ「けして嫌いではない」と答えると、私が見たこともないジャケットを持ってきて、それをかけた。


トップシンバルの店内とスティットのIN STYLE


ジャズの夜 大阪編 part1




 2005年12月3日、大阪である集会があり飛行機で向かった。その集会は南森町の大きなホールで行われたのだが、Y事件に関するジャーナリストを中心とした学習会の性格を持っていた。

 その後天神橋筋の小料理屋で20名ほどで交流会があり、終了後すぐ近くの歩いて行けるホテルにチェックインした。二次会の誘いもあったのだが断ったのは大阪のジャズ喫茶を巡る誘惑に勝てなかったからだ。一次会だけで立ち去ろうとする私に「怪しい」と疑念を表明した人たちにはジャズ喫茶巡りをしたいのでと正直に言った。彼らへの配慮もあった。すると大阪にいいジャズ喫茶などあるのか?ときかれ今晩は2軒、明日は香里園の1軒を回ります、というと香里園!という反応があり、それはあまりに遠方であるという驚嘆であった。

 ホテルに荷物だけ置き、すぐ外へ出て地下鉄谷町線で天王寺に向かった。トップシンバルへ行きたかったのだ。私がここで言うジャズ喫茶とは「レコード演奏」が中心の店である。東京を出る時に4軒ピックアップしてきたが、天王寺のトップシンバルは最も行きたかった所でありながら距離があったので第一候補群には入っていなかった。交流会が予想以上に早く終わったので天王寺へ向かったのだが、第一候補群に入っていなかったため詳細な場所は調べていなかった。しかしジャズ喫茶ファンの嗅覚を信じようと思った。明大前の「マイルス」、下田の「ジャズポート」、稲毛の「キャンディ」、浅草の「サムシンクール」など、いままで不思議なことに行き着けた自信もあったのだが、今回はそれが過信であったことがわかった。

 地下鉄から出るところの表示が不正確なこともあり、なかなか見つからなかった。そこで最悪の選択である電話をかけた。電話をかけることがなぜ最悪なのか?まず大きな音量でレコードをかけているところは電話をいやがる。次に電話をしてから行くと、店に入る前に関係性が発生してしまい大変好ましくない場合が少なくない。店側も構えてしまうし、こちらも構えてしまう。

 今回は少なくとも電話の「成果」がすぐに出た。客が私以外居なかったせいもあるが、まず電話をした人かときかれ、次に何でここを知っているのか、どこから来たのか、ときかれた。東京から来たと言うと、今東京にはどんな店がいいのかときくので、浅草に1軒ありますよ、と言うと彼は「フラミンゴ?」と言った。私は「がらん」を想定して浅草と言ったのだが、フラミンゴという名前が出てきて驚いた。しかも彼は何回か行った事があると言う。私もつられるように「フラミンゴでアルバイトしていたんです」と言った。多くの場合これは最悪のジャズ喫茶との出遇いである。完全なる一瞬の空白のみがジャズ喫茶との出遇いであるべきだからだ。

 私がここトップシンバルに来たかった理由は専門雑誌『ジャズ批評』に「昼のコーヒータイムは昔のように大音量でかけています」という一言にあった。当然行った時間は9時すぎのバータイムだから音は小さいし、スムースなものしかかけないことは理解していた。