不思議な選挙と奪われた希望
今回の選挙は不思議だった。
自民党は議席数を減らしたのに勝利だし、民主党は議席数を増やしたのに敗北だという。
与党投票数と野党投票数の合計は野党投票数の方が多かったから、与党か野党かの人気投票なら野党の勝ちだ。
自民票総数は前々回の大惨敗時よりかなり票を減らしている。なのに勝利。
与党票は全体の48パーセントなのに獲得議席は三分の二という不思議。
投票率52パーセントの48パーセント支持、つまり有権者の24パーセントの支持しかないのに「国民に」支持された、と言う不思議。
低投票率は反与党票の行き先がなかったからだ。
一部がプロテスト・ヴォートとして共産党に流れた。
反与党票の行き先がなかったのは、ちゃんとした野党が不在だからだ。
例えば消費税増税に関しては民主党は合意しているし、集団的自衛権も日米同盟支持の中では反対できない。原発に関しては党内で統一ができていない。
野党不在は深刻な影響をもたらす。
圧倒的多数の無党派層が政治や選挙から距離を置くからだ。
これは政権交代したときの裏切りに始る。
藤原帰一が12月16日の朝日新聞夕刊の「時事小言」でこう言っている。
「(野党だった政党が)政権の掌握によって自民党と違いのない勢力に変わるからだ」
社会党政権、民主党政権と二回この「裏切り」を経験している。
それはイデオロギーの不在とポピュリズムの所産だ。
なにをしても変わらないという諦念観を醸成した。
ある意味ニヒリズムだ。
この後遺症は深く重い。
だいたい供託金が300万円という選挙は普通の人は、あるいは貧しい人は出られない。
被選挙権が権利になっていない。
いつしかまともな人は立候補しないシステムができてしまった。
しかも一票の格差で違憲判断が出ている。国会なのに選挙区のある不思議。
選挙資金規正法違反した人はみんな当選。
つまりまともな選挙じゃないということだ。
投票率が下がって当たり前なのだ。
というより投票率を上げる施策はやったことがない。罰金や自宅投票や電子投票などだ。未だに地方によっては遠くの投票所に行って、紙に書かなくてはならない。
つまり今の政党のマジョリティーは投票率が低いことを歓迎しているのだ。
希望を奪ったのは自民党でも、旧社会党でも、民主党でもない。
日本の政治というシステムだ。