ヘルマン・ヘッセ翻訳の謎『クヌルプ』余談 地名
『クヌルプ』に登場する地名はほとんど架空である。
私はそれに気付いたのはかなり後になってからである。
日本の小説でSFでもなければ架空の地名というのはあまり登場しないように思う。はっきり明示しない場合は「名古屋近郊のとある町」というような表現を使うし、阿部公房のようにローマ字でA市とかB町とかにすることが多いだろう。架空地名の発想そのものがあまりないのではないかと思う。
ただヘッセの用いた地名には少し逸話もある。
Siegfried Greinerの著書“Hermann Hesse.Jugent in Calw”によると小説『クヌルプ』の舞台となっているレヒシュテッテンLächstettenのモデルはヴァイル・デア・シュタットWeil der Stadtであると言う。Weil der Stadtはヘッセの生地であるカルフCalwに行く時にS-Bahn(鉄道)からバスに乗り換える町である。
そして、Weil der Stadtが滑稽な(あるいは「おかしな」)地名のため(その囃し歌まであったという)lächerlich(レッヒァ・リヒ:ばかばかしい、とるにたらない、と言った意味)な地名という意味で造語したのではないかと推測している。lächerlich からlächstettenである。tettenは南ドイツやオーストリアによくある地名につく語尾。
「おかしな」地名という意味は、Weil der Stadt(あるいはWeil dir Stadtまた本来はWeilの後にコンマが入る)を直訳すれば都市(Stadt)のヴァイルだからである。
多くある他のWeilと区別するためだったのだが、ここは行政中心都市でここで発行される公文書にはgegeben zu Weil,der Stadtの表記があり、それが長い間にコンマがとれ町の正式名称になってしまったと言う。
日本のように行政的役割が都市名につくことが多い地域ではあまり違和感の無い話しである。例えば東京と東京都はほぼ同意語であるし、東京都以外の東京という地名は存在しない。
このことを考えるには中世における「町・都市のでき方」まで遡る必要があるがそこまでは知見がないため止めておく。
さて、Weil der Stadtはベーブリンゲン郡Böblingenに属しCalwの東10km、空港のあるシュトゥットガルトStuttgartの西23kmにある。S-Bahn(Stuttgart)の6番で40分ほどで乗り換えなしで行ける。プフォルツハイムPforzheimからは20kmだが当地からはバス利用なので一時間ほどかかる。また珍しくカトリックの町である。
この町が他の意味で有名なのはヨハネス・ケプラーの生誕地なのだ。
生家がケプラー博物館(Kepler-Museum)になっている。
さらに彼はマウルブロンMaulbronn神学校に1586年から89年まで在籍していたので、ヘッセの300年ほど先輩に当たる。
Maulbronnにはユネスコの世界遺産になった1147年設立のマウルブロン修道院(シトー会修道院)がある。この修道院は『車輪の下』の舞台であるし、『ナルチスとゴルトムント』にも『ガラス玉演戯』にも登場する。
Maulbronnには名物料理がある。
マウルタッシェンMaultaschenである。
これは簡単に言うと餃子あるいはラビオリで、修道僧が禁じられている肉食をしたいために肉をパスタ生地で包んだのが始まりと言われている。(マウルブロン・タイクタッシェMaulbronn Teigtascheが正式名称。またシュヴァーベン式マウルタッシェ Schwäbische Maultaschenとして原産地名称保護制度の対象になっている)
プフォルツハイムは「雀焼き」で有名な(笑)シュペッツレが名物料理なので、ヘッセ軸(?)と称してシュツットガルトからヴァイル・デア・シュタット(レヒシュテッテンをしのびケプラーに触れる)~カルフ(ヘッセの生家とヘッセ像)~プフォルツハイム(シュペッツレ) ~マウルブロン(世界遺産の修道院とマウルタッシェン)のツアーはどうだろう。
美味しい食べ物も、歴史遺産もあるしクヌルプが越えようとしたシュヴァルツヴァルトの入口でもある。そしてシュツットガルトとプフォルツハイム以外は風景と建物が美しい素朴な田舎町である。
注
カルフは標準ドイツ語。当地には低地アレマン語話者がいてCalp(カルプ)と言う。他に 南フランケン語話者がいる。