「わいせつ」という名の猥褻 | leraのブログ

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「わいせつ」という名の猥褻

 鷹野隆大氏の写真作品に「わいせつ」との市民からの指摘があり、そして警察の指導もあってそれに抗議するカタチで布がかけられた。

 ろくでなし子氏が、自らの性器の3Dデータを送信したとして警察に拘留された。

 そのどちらもが性器を表現し「わいせつ」と指摘された。

 素朴な疑問は、性器という身体的器官のひとつがなぜわいせつなのだろうということである。
 耳や、臍とはなぜ違うのだろう?
 それらと違うところは、生殖に直接関係する器官であり、あるいは排泄に関係する器官だ。
 ならば、生殖と排泄はわいせつなのだろうか?

 「わいせつ」はよく「淫ら」という言葉と対で語られることが多い。
 性的な刺激や興奮、あるいは性行為を欲する気持自身、はたまたそれらを感じさせる刺激は「わいせつ」なのだろうか?
 服飾や身装品などで女性が女性性を強調したり、男性が男性性を強調したりするセックスアピールは「わいせつ」なのだろうか?

 ロバート・メイプルソープの作品で「ポリエルテルスーツの男」がある。
 現代という禍々しさを感じるが「わいせつ」とは感じない。
 しかしそこにひとつのヒントが見える。
 なぜ性器表現が「禍々しく」見えるのかである。

 性行為は時として暴力や、搾取を伴う。
 経済的な理由で性を搾取されている人など山のようにいる。
 因習で強制(誘拐)結婚や幼児婚をさせられ、性を含んだ身体を搾取されている人も山のようにいる。
 性器切除も現代の問題だ。

 私は性器の「わいせつ」感は、性を抑圧し、あるいは搾取する側の人間の加害心情あるいは加害事実の隠蔽に関わりがあるのではないかと思っている。
 是非ヌーディストの意見を聞きたい。