「教えられなかった戦争」フィリピン篇 過去ログ転載 | leraのブログ

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「教えられなかった戦争」フィリピン篇

--侵略・「開発」・抵抗--(112分)

監督 高岩 仁

 戦争の原因を究明しようとするとあまりに多岐に渡る要素がありその行為が単純ではないことが分かる。しかし、その側面をあるテーマに絞ってみると、実に単純であることも分かる。そのテーマとは生産手段である。つまり生産手段の暴力的独占という側面である。

 その行為に「大儀」がない事は当事者も熟知していて、そのもっとも大きな目的を隠し「大儀」を作り出す。その「大儀」は一般市民に命を捨てることを強要し、一般市民に殺人をすることを強要する。

 あの「大儀」に溢れた「皇軍」の太平洋戦争も大きな目的は「生産手段の所有」だったのだから失った命の無意味さに絶句してしまうこととなる。

 あの神兵と言われた天皇の軍隊がアジアで行なったことが「生産手段の所有関係の維持」(ベルトルト・ブレヒト「真実を書く際の五つの困難」)だったとは…

 三井物産の資本蓄積の有様を見ればそれは明らかとなる。三井物産は次のエポックに利益を拡大させている。 西南戦争(1877)、日清戦争-台湾植民地化(1894)、日露戦争-満州植民地化(1904)、韓国植民地化(1910)、第一次大戦(1914~)、支那事変(1937)、第二次世界大戦(1939~)

 軍は侵略地域の住民・土地使用者を排除し、土地使用を独占すると共にかつての住民を奴隷労働に動員するといった方法で会社の利益と資本蓄積に「忠誠」を惜しまない。軍が忠誠を誓ったのは天皇なんかではなく、資本主義的企業体であったということが肌寒さを感じさせる。

 映画はフィリピンにおける住民虐殺地を丹念に回り生き残りの証言を拾ってゆく。その中で軍の虐殺行為が支配の確立ではなく、土地使用者排除が目的であったことの疑問が生じる。軍と企業体との関係は突然変異であったのか、あるいは元来軍隊というものは企業体に隷属するのか、という疑問である。

 さらに驚くべきことは、敗戦後軍隊は消滅したが企業体は新たなODAという「軍隊」を利用し土地独占と資本蓄積を進めていくのである。

 ODAによる土地の乱開発は第一次産業労働者の困窮を招き、その労働者を低賃金労働者として現地工場がすいあげてゆく。さらに、現地工場は公害規制の甘い所を選んで立地されているため、公害を生みつづける。さらに、労働者が何らかの運動を開始すると労働者全員を解雇したり、工場そのものを移転してしまう。

 ODAによりいくらでも低賃金労働者を生産しているのだから容易である。そして、世界のあらゆるところで「普遍的」に為されている差別構造がここでも展開される。先住民への抑圧である。ODAを享受している政府はその軍をも用いて先住民の土地への介入を深める。

 乱開発の目的は開発事業であり、けして開発ではない。完成しようがしまいが関わり無いし、中途半端であろうと問題がない。工事をすることが唯一の目的なのである。その乱開発は時としてダムであり、時として道路建設であり、時として森林の伐採であるが、それらは先住民の土地に対して行われる。さらに乱開発の結果河川は氾濫し、泥流は魚影の豊富だった湖に堆積し、タロ芋の栽培地に堆積する。かくして先住民の第一次産業は破壊されつくし、タロ芋畑の後につくられたパイナップル畑の、バナナ畑の労働者となり酷使される。さらにアメリカや北海道で行われたように先住民を使って先住民を制御する手管も存分に発揮される。

 日本人移民が労働者として入植し、現地の人々と婚姻し土地を得、その土地を企業が集約し、企業が自警団を組織し抑圧装置となる…といった新植民地主義の典型を見ることができる。国内の貧者には事欠かなかったため入植者募集は困難でなかったろうし、現地の人々と婚姻させることも政策的に困難ではなかったはずだ。

 また、「語られなかった戦争」が実は太平洋戦争だけではないことが判る。戦争という抑圧のシステムに時代の区切りはないようにも思える。

 戦争の実相を知ることが、実は独占資本の実態を知ることになるのである。クラウゼウィッツが言った事は「政治意志の実現」であったが、実はもっと「経済的な」、もっと資本と直結した行為であるのではないか?

 それらの反動に抵抗があったのは当然であるが、彼女ら彼ら(フクバラハップ団など)の抵抗の道はたいへん険しい道となった。3つの帝国主義国家スペイン、アメリカ、日本と戦わねばならなかったし、宗主国と結託した地主集団とも戦わねばならなかった。当然その犠牲は少なくなかった。

 先住民に目を向けること、新植民地主義に目を向けること、資本主義社会に目を向けること、安いバナナやパイナップルに目を向けること、それらが明日の地球を見ることになるのではないか?

 そして1945年で戦争が終わったのではないことを確認しておきたい。

 高岩監督は現地スタッフとODAや乱開発に関して取材をしていた。その取材は地域ボスや国軍関係者、日系企業の息のかかった者、ODAの利権に群がるもの等に対して行われる。その中で3人の現地スタッフ(現地NGOメンバー)が殺された。

 「戦争」はけして終わってはいないのである。