映画『ジェロニモ―愛と灼熱のリズム』
(ネタばれあります)
フランス映画祭上映作品。
廃工場で子どもたちが屯っている。
移民の子どもたちだと分る。アフリカ系の子どもいる。
そこに(公務員かどうか分からない)子どもを支援している女性がやってくる。彼女は彼女彼らから「ジェロニモ」と呼ばれている。けして優しい女性ではない。
彼女は言う。
「何かやることを見つけて」
子どもたちより年上の青年たちがやってくる。
兄が刑務所に入っていたりするし、彼ら自身もいわゆる不良である。
このシーンを観た時、私は2006年「シテ」と言われたパリ郊外で起きた移民二世三世の「暴動」を連想した。
アルジェリアが独立したのは1962年であるが、60年代のフランス経済が好調だったときに、旧植民地各国から組織的な移民の導入があった。彼らは工場周辺に集住した。そののちオイルショックが起き、工場の閉鎖が相次ぐ。すると、工場周辺に集住していた移民たちあるいは移民の子孫たち(二世はブール= Beurと言われる)はフランス社会から切り離される。
映画の舞台は南フランスであるからパリのシテではないのだが、殺伐として荒涼とした風景は心理的にシテを思わせる。
そこでふつの集団があることを原因に対立する。
ひとつはトルコ移民、もうひとつはロマの人々。
昨今のヨーロッパ映画で単一言語のものは少ない。この作品もフランス語とトルコ語とスペイン語と(おそらく)ロマ語が話されている。私に知識がないし、スーパーがそれに対応していないのでどの言語で話されているか分からない。
トコロ系の人は自分の妹を含めて「名誉殺人」をしようとする。
親族の老人がこう言う。
「祖父が移民で出て来た時にその風習は捨てて来たはずだ」
若い世代が旧弊を守ろうとする。
これはアイデンティティーの問題であり、移民の子孫として満足な生活ができないことからくる反射なのだ。
ジェロニモは暴力の対立を防ぎ、殺されそうな二人を助けようとする。
解決などあるのか…
ラストはやや甘い。
日本語サブタイトルに、愛と灼熱のリズムというものがついている。
実は音楽に溢れているのだ。
ロマの人々はフラメンコをやり、そこにラップがかぶる。
監督のトニー・ガトリフはアルジェリアの出身で、母親はロマ民族である。
Geronimo
監督:トニー・ガトリフ
2014年フランス