ある刑事裁判と冤罪弁護士 2008年03月25日
2008年3月24日にある刑事事件の控訴審公判があった。
一審で有罪判決を受けたものの、冤罪の可能性の高い事件であった。
開廷すると本人確認があり、それだけで結審してしまった。控訴審第一回公判である。しかも控訴趣意書の朗読も省略された。
その弁護士が怠慢だったのか、やる気がなかったのか、というとけしてそうではない。彼は第一審で最大限の弁護をやったと思う。ではなぜか?
閉廷の後に弁護士の説明があった。
彼は日本の裁判制度の話から始めた。つまり控訴審は元審の再吟味を要請することで、新しい証拠や証人がいない場合は公判を開くことに意味が見いだせない、ということである。そして判決日も1月後に指定されたので希望の判決はほとんど得られないだろうという予想も示した。
彼から言わせれば、99.9パーセントの有罪率の前では起訴させないという努力が一番であるということだった。(尚彼は起訴後に選任された)そして日本の裁判が三審制だという幻想は捨てるべきだとも言った。
そして、否認している刑事弁護は消耗感ばかりでもう受けたくないとも述懐した。
この弁護士の言葉は色々と解されるだろうが、聞いていた私にしてみれば説得力があり、現実感のある話であった。達観という言葉が似合っているかもしれない。
いろいろな刑事弁護に携わっていて、一審有罪を二審で無罪にしたこともある今村核弁護士の本が出た。
署名はズバリ「冤罪弁護士」(旬報社1月21日刊)
実に興味深い本である。強くお勧めする。