地球温暖化 2008年01月09日
今年のテーマは地球温暖化による環境だと言う。
これはなにも現代のテーマではなく、江戸時代にすでに安藤昌益や三浦梅園が言及していたし、ロンドンで産業革命を直視した夏目漱石はその環境破壊を指摘し、ワイルドな資本主義が作った格差社会を「人の可能性を否定するシステム」と批判している。
脱亜欧入で西洋かぶれした明治政府との違いを漱石の批判精神に感じる。
アナキズムでもプルードンやクロポトキンの「相互扶助」はエコロジー思想であるし、現代でもマレイ・ブクチンはそれを強く主張している。
環境テーマとはいうものの、実際にはエネルギー、水、レアメタル、食料など自然資本の占有問題であり、分配の不平等である。新自由主義経済やグローバリズムや植民地主義という鵺の翼の下にいる我々にそれが語れるのであろうか?
例えば携帯電話に使うレアメタルの獲得で戦争が起きている。
例えばバイオ燃料の原料である穀物を作るために多くの森林が焼き払われ、さらに穀物が高騰し先住民族など自然資本に依存していた人たちの食料が無くなった。
サブプライムローンなど金融商品の欠陥のツケは低賃金労働者の解雇で賄われ、かつては違法だった労働力の流動化は法人資本を肥大させるとともにネットカフェ難民を生んだ。
格差社会は社会不安を醸成するため国はハード面では刑法「改定」で、ソフト面では「道徳キョーイク」で対抗する。人々は繋がりを失い、分配の不平等を黙認し、個の利益のみ求める。「もうひとつの社会」はあるのだろうか?2008年頭