映画 北辰斜にさすところ 過去ログ転載 | leraのブログ

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映画 北辰斜にさすところ 2007年12月27日


作品は旧制七高(鹿児島)と五高(熊本)の野球の100周年記念試合がテーマである。当時のエースだった医師が、同窓会にも記念試合にも不参加で、その理由が戦争体験だったという反戦映画である。

 平日の午後(13時40分)にもかかわらず80パーセント以上も観客が居たことに驚いた。しかもほとんど高齢者。
ラストに近い野球の試合では、現実の大学生の姿に戦死した当時のメンバーが重なるというシチュエーションだったが、周りからすすき泣きや嗚咽が聞こえた。頷くように首を上下に振っている人もいた。

 無為に死んだ若い魂が観客の胸中に蘇ったのであろう。

 声高に反戦は言わない。
 しかし、彼らが生きていれば、野球をし、青春を謳歌し、誰かを助け社会に参加しただろうことは想像がつく。
 その可能性の否定に涙がこぼれるのだ。
 しかも、何の役にも立たなかった死であったからだ…
 さらに、加害者としての立場も強制され300万人という「群の死」としてカウントされる。
 それを思うと、そんなに不幸なことはなかったと思える。

 多くの哀れみが、多くの喪失感が、多くの悔恨の念が人をして落涙させるのであろう…

 あの戦争の責任を問う必要がある。
 多くの可能性を秘めた若い人たちの「無駄死」「犬死」に対し責任をあきらかにする使命があるのではないだろうか?

 私の父は1940年に旧制中学を卒業し一年浪人した後大学余科に入り、繰り上げ卒業し学徒出陣した。叔父はフィリピンのレイテ沖で戦死した。母の友人は慕っていた男性が「出陣」する時の靴音が耳に残って離れないと言う。

 けして遠い話ではないのだ。