三里塚・辺田部落 2006年10月10日
小川紳介の三里塚作品群の中では異色の作品であり、私が最も好きな作品のひとつである。それはこの作品が地域を中心にとらえたからだ。
1000年の歴史があるという辺田部落の話を老人から聞く。源氏系の人びとの住まいの違いや、火災があったことや、村八分のことなどを聞いていく。そして、慣習や行事を追っていく。
結婚で来た老女の苦労話を聞く。
そこには人が作ってきた歴史があり、まさしく財産がある。
当然のことながら闘争の前に生活があるのである。 そしてその生活はすでに自分たちだけのものではなくなっている。ひとりの「息子」が自死しているからだ。その自死している家にも家宅捜索が入る。
小川は農作業を手伝いながら、辺田部落の農民の生活を撮りたかったのだと思う。ひとつの土塊には、おおくの人の生活があることを表現したかったのだと思う。
そしてなぜあれほど虐げられなければならなかったのか?という不条理感。しかも国に…おおくのジュラルミンの盾が農民たちを分断させていく光景は哀しい。
あの閣議決定はなんだったのだろう。おそらく辺田部落の歴史や人びとの営みや涙や喜びなど眼中に無かったであろう。
この作品が作られたのは例の十字路事件の後である。その厳しい追求と弾圧が部落を襲う。収穫期に息子たちを逮捕し起訴する。労働力の削減に困窮した人たちは相談を重ねる。
長い拘束から解かれた「息子たち」はこう言う。「われわれには転向などない。帰る場所はここしかないのだから…」
人を見ること、その大事さ、人がいること、その大きさ、それらをキャメラは残そうとしているように思える。
1973年モノクロ146分