映画『また逢う日まで』 | leraのブログ

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映画『また逢う日まで』

 川柳川柳(かわやなぎせんりゅう)という好きな落語家がいる。いわゆる軍国少年で(敗戦時中学生)、戦争中に抑圧された思想、行動、言論、性、そして戦後進駐軍によって突然解放されたそれらを多感な思春期に受け止めたことを軍歌を中心に綴っていく話はバカバカしく、滑稽で、それでいて切なく、哀しい。

 彼は音楽に憧れたが映画にも魅せられた。
地方にいて都会の風を持つのが映画だけだったからだ。
彼の落語(?)で「映画ヤブにらみ」というモノがあり、接吻映画について熱く語っている。
 戦前戦中の性の抑圧の中で接吻(この死語がわからない人はググってね)が日本映画に登場することはなかった。(反面売春は法律で擁護されていて関連施設は全国いたるところにあった)戦後、日本映画で接吻が登場するものを「接吻映画」とカテゴライズした。(ひょっとしたら川柳師独自のカテゴリーかもしれない)

 有名なのは『また逢う日まで』(1950年今井正)のガラス越しのそれだが、題名がズバリ『或る夜の接吻』(1946年千葉泰樹)という作品があった。出演は当時人気のあった若原雅夫と奈良光枝である。今ならEXILEのテツヤと剛力彩芽だ。

 川柳師が言うには近在の村々から青年男子が大挙して押しかけ映画館は異様だったと言う。延々と続く変化の無いストーリーに多くの青年が「まだか、まだか」と生唾を呑みこんで待っていて、とうとうラストシーンになり二人の男女が接近しここぞという時に傘で隠して終わった時には暴動が起こるのではないかという騒ぎになったという。

 私は『また逢う日まで』がガラス越しの接吻があまりに有名なので、そのテのメロドラマかと思い観ることがなかった。
 今回観ようと思った理由はあまり定かではない。
 但し、映画館で観られる機会はそれほど多くないのでそれが原因かもしれない。

 私はガラス越しの接吻が「精一杯」のシーンなのかと思っていた。
 確かにそのシーンは印象に残るシーンだが、その後に何度も接吻のシーンがあるのだ。だから川柳師があまりこの作品に触れなかったのかもしれないとも思った。無論『或る夜の接吻』の方が古いからだとも思う。

 作品はそのテのメロドラマではなく、かなり強い反戦映画だった。

 戦争が始まって8年というモノローグがありさらに冬なので、1944年かと思われる。
 岡田英次の長兄はすでに戦死しており妊娠中の妻がいる。次兄は軍人(少尉)であり、父親は司法官(裁判官)であるため滅私奉公の押しつけが厳く、時局を理解していないとなじられる。

 召集令状が来ることを怯えながら大学生生活を送っていて、そのなかで蛍子(久我良子)と出会い愛し合うようになる。

 出征する日の10時に蛍子と駅で待ち合わせるが、長兄の妻の流産騒ぎで遅れてしまう。そしてその駅が空襲を受ける。駅で岡田を待っている久我は美しい。

 学生仲間ですら自由を主張するとエゴイストと批判される時代だ。
 戦争によって報われない青春がテーマである。

 蛍子の家が幻想に中にあるように見える。
 ところが配給の品物を届けに近所の人がきたりする。
 この美術は見物だ。

1950年東宝
監督:今井正、脚本:水木洋子・八住利雄、撮影:中尾駿一郎、美術:河東安東