映画『月は上がりぬ』
妻に死に別れた父とともに奈良に住む三姉妹。未亡人(夫は戦死か?)の長女は山根寿子、次女は杉葉子、そして末妹が北原三枝。
ところがほぼファーストシーンと思われるところで、北原が「コンチワ」と東京弁で言うので、変だなと思っていると後に父親(笠智衆)の話しで分かる。元々は麹町の生まれ(麹町の人が東京弁を使うかどうかは別にして)で、昭和18年に疎開してきたとのこと。
奈良の寺で父親と三姉妹が謡の稽古をする。
その寺に間借りしている男性がいて、長女の夫の弟で北原の幼なじみ。その家は東京にあった頃鵠沼に別荘があり、よく義弟の学友たちが遊びに来たと言う。男たちが裸でいるので、長女は「雲助(差別語です)宿みたいだ」と言って麹町に帰ってしまったというエピソードがある。
その義弟の友人と次女の恋愛を義弟と北原が取り持つという設定。
監督は田中絹代で、彼女の監督作品は女性の自我や権利といったものがテーマになっていることが多いがこの作品は違う。脚本に小津安二郎が参加しているのでかなり小津テイストなのだ。風景を写すところなども小津ワールドなのだ。
逆に田中絹代は「米や」という名前のお手伝いさんとして出演している。逆にという意味は本来ならお手伝いさんをテーマにした女性の権利ものが田中のテイストだと思うからだ。
北原は21歳の設定。
長女は和服、次女は和服と洋服、末妹は十五夜の浴衣以外はすべて洋服、というように世代を表現している。これは戦前、戦後も表現している。作品公開は1955年。
北原はおきゃんでキュート、しかもそれを強調する演出。キレイというよりとてもカワイイ。ノースリーブのブラウスにフレアスカートで下駄を履き走る。顔のアップは司葉子にも似て見える。
北原は東京をアレグロと表現し、もうかつての東京は無いという意見に、見たいの!と言う。
次女と義弟の友人との交感は万葉集の番号を電報で打つというもの。(その電報は電話で来る)
3755
愛(うるは)しと 我が思(も)ふ 妹を 山川を 中に隔(へな)りて 安けくもなし 中臣宅守
666
相見ぬは 幾久(いくびさ)さにも あらなくに ここだく我(あ)れは 恋ひつつもあるか 大伴坂上郎女
鵠沼の別荘といい、小津的ブルジョワジーの世界。
十五夜に次女と義弟の友人は心を通じさせるのだが、義弟はそれをモーパッサンの『月光(ムーンライト Clair de lune)』に例える。
そして最後は北原と義弟の恋模様
北原を評する時アジアンクールビューティーというコトバを私は使うが、この作品の北原はクールが抜ける。おきゃんでキュートでとにかくかわいいのである。
北原を中心にすえた作品である。
備考:阿佐ヶ谷のラピュタのモーニングショー(1日1回のみ上映)は満席で補助イスが10脚ほど出た。