恥をかかなくてすんだ山梨県山梨市市民 上野千鶴子氏公演をめぐって
現代の日本で、そして法治国家と言われている日本で、憲法で保障している「言論の自由」「知ることの権利」を犠牲にしてまで上野千鶴子氏の講演を行政が中止した山梨県山梨市が、一転中止を撤回し開催することとなった。
賢明な市民の働きかけがあったと思うが、とにかく山梨県山梨市市民が恥をかかなくてすんだことが大きい。こんな不名誉はなかなか無いからだ。
ところが望月清賢市長は上野氏に「介護以外の話をしない」ことを要請したと言う。
これが言論弾圧だと気付かない哀れ。
しかも、某新聞社の取材に対し「いろいろうるさいのでコメントしない」と言ったという。
市民の意見が「うるさい」と言うのだろうか?
政治家の武器は唯一言論である。
その武器を否定し「コメント」しないとは政治家であることを否定したことに他ならない。
山梨県山梨市市民が哀れだ。
現代社会で、信じられないほどの恥ずかしいことがあるのだ。
もっと恥ずかしいことは望月清賢氏がそれに気づいていない事。
選挙の投票率が何パーセントか知らないが、選んだ人も恥をかく。