映画『シェーン』
ウィリー・ネルソンは「いつでもカウボーイはヒーロー」と歌った。
この作品ではカウボーイが悪役である。
映画『シェーン』は名画であるが故に今まで観たことがなかった。
今回、『シェーン』の背景が映画『天国の門』のワイオミング州の「ジョンソン郡戦争」であると知ったからだ。
観ると大変興味深いことがいくつかあった。
放牧民と農耕民の衝突として描かれており、放牧民は先住民族から守った土地(実際には収奪したのだが)という自負があり、そこに後から入ってきた入植者が許せないのである。許せない理由はいくつかあり、地下水が涸れたことなど具体例が示される。
しかし放牧民は無法者ではないのだ。
そして、かなり真面目に妥協策を練る。
『天国の門』の悪役はWASPの資本家たちであって、かなり様相が違う。彼らは自分たちで法律を駆使し、州軍も州の政治家も、大統領ですら味方につけるのだから。
また『天国の門』の入植者たちはヨーロッパからの移民である。
放牧民の妥協策が成功せず最後にとった手段が謀略であり、それをシェーンが防ぐのであるが、この構図は東映の任侠映画の構図でもある。もちろん『シェーン』の方が先なので、これがベースになったのであろう。特に藤純子出演作『女渡世人 おたの申します』を連想した。
つまり脛に傷のある流れ者がひょんな縁でカタギ(あるいはカタギヤクザ)に世話になる。そのカタギが暴力団に不当に苛められ、最後に流れ者が単独で「討ち入り」をするという構図である。
もうひとつの観点は、妻が「銃の無い世界」を望んでいるということだ。
アメリカでの公開が1953年で、第二次世界大戦後という背景がそういう世界を切望していたのかもしれない。
また、シェーンと放牧民主との間の会話で、「時代の違い」を言うところがある。
これも意味の深い言葉ではないのか?
大土地所有の時代、あるいは暴力が制する時代、などについて言及しているのかもしれない。
それは、独立記念日が登場したり、南北戦争(市民戦争)が過去のこととして話題に出ることからも推測される。
確かに名画かもしれない。