第67回東京都高等学校演劇コンクール地区発表会
同会の中央地区Bプロック第1日目(9月23日)を観劇した。場所は都立総合芸術高校で、同校には舞台表現科があり、ホリゾント、照明、音響等の設備の整ったプレイハウスがある。以下上演順に紹介する。
講評は劇作家の篠原久美子氏と劇作家であり演出家でもある上野友之氏。
都立総合芸術高校
『私のヒーロー』(作:柳澤学顧問)
不登校気味でデパートのヒーローショーに出ている少女が中心。ヒーローショー閉鎖という事態からヒーロー観の自己内分析をする。そのヒーロー論から導かれるのは実は卑近なものであるという結論。赤が常に男性というジェンダー論も出てくる。
アイドル志望の少女や、恋もちりばめられ、明るい楽しい芝居になっている。エピローグの全員(9人)での生歌とダンスは効果があり練度を感じた。全員の動きがシャープで特にヒーローのショーの時の動きは実物(劇中でドームシティを後楽園遊園地と言っていて時代的ヒントもあったのか?)を連想させ、とてもよかった。キャラが立っていた。本を書きこんでいけばどんどんよくなっていく可能性を感じた。
講評
ストーリーの承と転が機能している。無駄なゴッコあそびがおもしろい。ただ起(ヒーローショー廃止)に対して結(大学進学を決意)が機能していない。ヒーローショーの廃止に立ち向かう方が主人公が主体的になる。
レベルが高いのでもっと遊んでいいのでは?コウジの衣装のギャップが面白く、またアイドルには花があった。
麻布学園
『ルート3』(作・演出:二宮陽二郎部員)
計算マニアの大学生。通り魔殺人で母を失っている。そして大学に行かず引きこもっている。時間軸の交錯が分りにくいところがあった。舞台にはスクランブル交差点があり、照明と音響の効果で踏切も表現される。緻密な本。ただし「通り魔」をモチーフにすると観客はそちらに引きずられるのでは。
講評
内向的テーマを自家中毒にせず、オリジナリティ高く脚本構成力がある。音響、照明もはまっていた。父に味があったが息子にウケができていたらもっとよかった。「通り魔」は観客は現実とリンクしてしまうので、他のプライベートなテーマの方が必要性が感じられオリジナリティが高まった。
交差点は内面を表現しておりストーリーのループは高度。「通り魔」が題材交換可能ならもったいない。なくても成立するかどうかやってみるべき。
千代田区立九段中等教育学校
『解体』(作:森環部員)
時間があるから「時間が無い」と言うモノローグから始まり、時間に拘泥することを見せ、それがある追憶からであることを悟らせる進行は秀逸。その追憶はある映画製作者で、彼女が作った映画作品のテーマが解体と擬態でそれはあきらかに重要な表象で、「あこがれるものになろうとする」というヒントもあるのだが、私が消化理解しきれなかった。舞台装置もブロック6個で、それをイスにしたり屋上の手摺りにしたり巧み。
講評
言葉自体がよい。作り込みすぎないで繊細。ストーリーはミステリー構造を持っている。ならばどこで情報提供するかその順番が重要。ややわかりにくくなっている。アオイの存在が曖昧。取材シーンで現実的混同が起きる。映画のシーンを用いずに言葉だけの方がすっきりした。アオイが擬態を持っていて解体されたかったのでは?
間の取り方が一定だったので、緩急をつけると体感は速く感じる。プロック移動の場転で移動の時間で観客が転換を予想できてしまう。セリフを言いながら移動させるほうがスピーディー。
東海大学付属高輪台高等学校
『黒いスーツのサンタクロース』(原作:田窪一世、脚色:演劇部、演出:鈴木結里他)
『人魚姫』を思わせる。死期が迫っていることを伝える死神が、「幸福な死」のために声を失う。女優、亡霊、代役というモチーフがちりばめられるのだが、やや情報過多。装置もシンプルで好感をもったが、死神に対する指令の声が聞こえず残念。音をかぶせた録音だと思うが、人の声を音響で表現するのはハコの関係が大きく危険。
講評
役者が魅力的、装置もシンプルでよい。死神がニンにあっていた。弟は当たり役。主人公は上手で、セリフ選択もよかった。
役者が揃っていた。小道具などディティールに拘るとよかった。(ワインボトルがペットボトルで軽いためテーブルから落ちたり、持ったりする時も軽さが見えた。演劇など嘘の世界を「嘘っぽく」させないためにディティールに拘る事は重要:私注)
原作が長くカットの必要があるためか、エピソードが回収されない。捨てることも大事。ガルシア・マルケスは「いくつ捨てたかが才能」と言っている。
つづく