城西大学附属城西高等学校
『はじまりの一踏』(脚本:鳥山桃子、高田莉名)
20年前の高校生の時の悩みに対面する。その悩みはカレシだったり、アイドル志向だったり、ネグレクトだったり、予備校を強いられることだったり、性自認だったりする。等身大の悩みに対するエールに見える。何をしたら自分は変われるか?言う事で、行動することで一歩踏み出せると言う。高校生と20年後を演じる役者構成が巧み。ただエピローグは甘いかもしれない。
講評
坂元裕二(私の聞き間違いかもしれない)は「自己認識は才能」と言ったが自己認識力が高い。20年後の会話がうまい。過去で他者と会話せずすべてソデからの声で、こういった大胆なものは初めて見た。それは時代の強調になっている。ミザンセーヌの実験としておもしろい。(Mise-en-scèneを知らない生徒諸君はクグってください:私注)
過去と現在の自分が出会うところのレベルが高い。「夢を諦められてよかった」というセリフが生きていた。
メッセージをそのままセリフにしているので全部語らないで、役者と演出で見せた方がいいかもしれない。
都立千早高等学校
『夏芙蓉』(原作:越智優)
有名な作品を演じる「勇気」を評価したい。死がメインテーマではなく、死というものの取扱いが未知数の作品なため難しいのだ。呼び出した理由、会えない理由が徐々に明らかにされ、残された者の哀惜を花に仮託した秀作。それを抑制的な演技で好演していた。役者の影をホリゾントに写す試みも秀逸。個人的には好きな本で、当公演もよかった。
講評
名作上演だったが成功だった。会話劇としてよかった。台本の行間の埋め方として無言の時の体の自由さが段取りではなくよかった。女子だけで笑いを作るのは難しいのだが、できていた。生き残りの空気感もよい。
間の長いところがあるが、人との間が埋まっているのでよかった。卒業の場は時間軸として教室と同じ時間になるので困難だと思ったが、教室の空席の喪失感を感じられた。この本はすべて無駄な会話をナチュラルに重ねていて、これが生きることを表現している。それが表現されていた。
都立向丘高等学校
『マクベス裁判』(原作:奥泉光、潤色:向丘高校演劇部)
シェークスピアのマクベスが地獄にいて再審裁判となり、天国へ追放となるというストーリー。これはブレヒトの『ルクルスの審問』(オペラ「ルクルスの断罪」のアイデア)を彷彿とさせる本だが、論理劇としては魅力がある。壁が苦しみから目をそらさせる目的であったというサゲ。メタファーが多いのでリーディングに相応しいかも。
講評
チャレンジングな作品。論理で対話するのは困難。後半のマミリアスの死の原因から論理が通っている。原作からもっと大胆でいいのでは? 感情を入れず裁判劇でやったほうがいい。感情が論理を殺してしまう。論理のおもしろさを信じてもよかった。
戯曲の熱量、勢いに対しておとなしかった。2倍速でやってみるとか、
無理やり体を通してみることも必要。
京華学園
『SAKHALIN(サハリン)』(作:伊藤弘成、演出:蟹口ののか)
別掲
講評者も言っていたが、全部の作品がレベルが高く飽きることがなかった。
演劇部学生に幸あらんことを…
講評内容はあくまで私の記憶であるので、誤謬があるかも知れない。
Bブロック第2日は9月29日都立晴海総合高校講堂
尚、都大会は11月9日、10日。