ムニニイモ ムニニとはアイヌ語で腐るという意味で「くさったいも」という意味。イモとはジャガイモのことですが、なぜかジャガイモとは言わず、ほとんどの場合単にイモ(あるいはエモ)と言います。(私の育った関東地方では「いも」と言ったら「さつまいも」を指す場合が少なくない)
なぜアイヌ語でも「いも」なのか、と言うとジャガイモが入ってきたのが明治以降だから(記録ではじゃがいもが北海道に入ってきたのは1700年代末だと言われている)。
だからこの食べ物は明治以降の食べ物のようだ。また当時のジャガイモは男爵やメークインとは異なり、薄紫色の小型のものだったと言う。
一般に「イモモチ」アイヌ語で「イモシト」(かぼちゃで作ったものは「かぼちゃシト」)といわれる食べ物も同様で、ジャガイモが北海道に入ってきてからの食べ物だが、もともとは粟とウバユリの根(アイヌ語でトレフ)で作ったもの。
シトを餅らしくするのは片栗粉を混ぜるからだが、かつては挽いた粟に片栗粉の代わりにトレフの粉を混ぜさらに挽いて、お湯で茹でたり魚油で揚げたもののようだ。中に鮭(チェップ)の卵(チポロ)を入れたりすることもあったようだ。
魚油は主に鱈を用いる。鱈の肝臓をとろ火で温め適当の水を足して煮詰める。煮出てきた液体をしゃもじですくい、上に浮いた油を息で吹いて分離させ、他の容器に移して保存する。
現在でもオハウという言う魚の汁に用いるが、とても味のいいものだ。かつては塩が貴重だったからだ。
現在でもイモシトやムニニイモにチポロやメフン(鮭の腎臓の塩辛)をつけて食べる人もいる。また、チポロイモと言ってふかしたじゃがいもを練ってそこにチポロを混ぜる食べ物もあり、先に説明した粟の中にチポロを入れたものの「現代版」「簡便版」かもしれない。
また粟に関しては現在でもアマムイペとして食べることができる。アマムイペはイナキビ、ヒエ、アワ、豆など雑穀を炊いたものだが、微かな甘味と素朴な香りとドライな食感と歯ごたえはクセになる。
現在イモを用いて作られている料理の前身は、松浦武四郎(幕末の北方探検家「北海道」の命名者。)の著述(1850年代)に出てくる「アイヌの芋」かもしれない。これは斑杖根(へびのたいまつ)、天南星(やまこんにゃく)といわれるものでシサム(アイヌ民族からみた通称「和人」のこと)は毒があると食べなかったものだが、彼はすこぶる美味だと絶賛している。彼の記述では「焼いて食べた。」となっている。(天南星は中国名で「サトイモ」という説もあり、よく分からないが、「へびのたいまつ」に毒があることは確からしい)
さてムニニイモの話。
イモの収穫の終った畑に収穫されなかったものがいくつか残る。だいたいの場合は小さいもの。土の上に放置されたそれは、朝方露がつき昼になると陽が射して乾燥する。北海道の秋から冬の季節、夜には凍ることもある。それを何度か繰り返すと、黒く変色し収縮して固いものになる。
皮をむくと真っ黒な中身(?)がでてくる。それをすりこぎなどで細かく砕き、水に一、二晩つけてアク抜きをする。最初は水をよくかき混ぜ、水が澄んだら水をこまめに換えないと渋みが残るという。
その後「さらし」などで作った袋に入れ水きりをする。よく乾燥させると保存食品になる。
それに水を加えて練り厚さ1センチ手のひら位の大きさの小判形に成形し焼く。焼き方はかつては囲炉裏の灰の中に入れて時間をかけて焼いたようだが、現在はフライパンに少しの油をひいて弱火でじっくり焼く。
表面の色はかなり濃い灰色で、中に微かに芯ができるがその芯は白色をしている。イモシトや他のジャガイモを使った料理と違って、かなり歯ごたえがあり、粘着質。この食べ物の特徴はなんと言っても「香り」。ふかしたジャガイモの香りとは全く異質の、どちらかと言うと「土」のようなあるいは草の蒸されるような香りだが、とてもよい香り。その香りは口の中に入れ何度か噛んだ後に鼻腔に抜けてきます。
そして実に素朴な郷愁を感じる味わい。 わずかに「渋み」を感じ、それがなんともひきたつのだが、それを「凍(しば)れくさい」と表現する。はじめて食べた時は「はじめてなのに懐かしい」という思いで感動した。いわゆるジャガイモの味は全くしない。
いつでも、どこでも食べられるというものではない。
あるテレビ番組でペルーの先住民族が同様の食べ方をしているのを見た。畑に残って凍ったじゃがいも(原生種に近いのかとても小さなもの)を足でつぶしてもち帰り、お湯で茹でて熱いところをおいしそうに、楽しそうに食べていた。たいへん興味深い映像だった。
このムニニイモの前身の食い物がオントレフだと私は思っている。
オン(あるいはオンカ)とは「発酵」という意味で、ウバユリを発酵させたもの。
山からウバユリをとって来る。ウバユリの球根はそのまま焼いても食べられる。(「ユリ根」という食材はよく知っているが、どれだけウバユリと近縁にあるのかわからない。また写真を見るとその葉はユリとは全く異なっている)
その球根をよくつぶし、水につける。
水が澄んだら浮いているカスをとる。そのカスを用いるのだが、もちろん沈殿したウバユリの澱粉は別の食材(例えば前回述べた粟団子のツナギ)となる。
そのカスを天日で干し、乾燥したら臼でつき粉末状態にし、水を加えて練りフキの葉にくるんで暗いところで一週間ほどオン(発酵)させる。オンするとヌルヌルになると言う。
十分オンしたらフキの葉から取りだし円盤状に成形し真中に指で穴をあけ天日で乾燥させる。乾燥したら穴に縄を通し風通しのいい所につるし保存します。これは何年も保存がきき貴重な保存食となったそうだ。
食べる時は一晩水で戻し、おかゆに入れたり、団子にしたりして食べる。
フチ(おばあさん)が言うには、「トレフは今では食べる人はいないから山にいくらでもある」とのことである。
オハウ

