フーゾクの活用?風俗?ふーぞく…
昨今、政治家の間で頻繁に使われる「ふうぞく」という言葉は不思議だ。
性産業という言葉も含めて、はなかなか難しい。なにを指すのかというコンセンサスがあるのかどうか心もとないからだ。
風俗業という言い方は明確だ。風俗営業法で規制される職種という意味だからだ。ところがパチンコやマージャン莊は「ふうぞく」とはほとんど言わない。だから「風俗」「フーゾク」という単語かあるのかもしれない。
なぜそれほど意味がつかめず、コンセンサスもない単語が多用されるのであろう。
それは売買春に代わる言葉として使用価値があるからだ。それは売春が法律で禁じられているからだ。
なぜ禁じられているのかというと、女性の心身に及ぶ搾取であり、それは人身売買にまで及び、さらに反社会的勢力の収入源にもなるからだ。
売春という単語の代わりに「風俗」という言葉が使われているということは売春が行われているということだ。
その業種に携わる人へのインタビューがいくつか活字になっている。そのなかで「見知らぬ人とセックスするのイヤじゃないですか?恐くないですか?」という質問があり、それへの返答はその職種に携わる人たちをよく表している。それは「そう思う人はここにはいない」。
ほぼ100%が経済的な理由である。経済的な理由の前では「好き嫌い」も「恐怖」もどこかにしまうことができるのだ。
映画『おもちゃ』(深作欣二監督、新藤兼人脚本)で舞妓になる少女の「水揚げ」のシーンで、彼女の表情が「至福のとき」に見えるのだ。その少女は経済的なものを約束されることに喜んでいるのだ。
そして彼女の「水揚げ」を準備する置屋の女将(富司純子)も身を尽くさねばならない。その少女と女将の表情の対比は見事で思わず落涙した。
インタビュー本「AV女優」(永沢光雄著)の中で、なぜその世界に入ったかの理由の多くは「疎外」であることがわかる。家族からの疎外、教育現場からの疎外、地域社会・地域コミュニティーからの疎外、あるいはアイデンティーティーの不獲得である。
そして彼女らを待っているのは闇の人々の誘いである。シンナーから覚せい剤…。
どうしてそういう「子ども」を作ってしまうのか?これは社会の責任ではないのか?
映画『河のある下町の話』(川端康成原作、衣笠貞之助監督)では、戦争が生んだ転落の図が描かれる。戦争あるいは時代によって両親を失い、バラックに住み、金がないため幼い弟を病気で失い、立ち退きにあい、やむなく努めているパチンコ屋の空き部屋に入りそこで乱暴されそうになり、米軍キャンプの周囲のダンスホールに勤める…彼女(有馬稲子)が自分を救う道はふたつ、ひとつは売春すること、ひとつは気がおかしくなること…
映画『哀愁』(マーヴィン・ルロイ監督)でビビアン・リーが売春をする理由を私たちは知っている。
「需要と供給」という言い方をする人がいる。嘘である。
性衝動が需要だとしたら多くの男性が「風俗」を利用することになる。実はそんなことはない。利用しない人の方が圧倒的多数だ。もっと人として懸命なのだ。
テレビドラマ『モテキ』(大根仁監督)は性衝動で懊悩する童貞の男性が主人公だが、実は「誰かを愛したい」「誰かに愛されたい」のである。「やりたいだけ」なんてない。それほど男はバカじゃない。
これらのことを考えると、「経済」によって人を奴隷化できるということが分かる。そして人はスタートラインが一緒ではない。それは本人のせいでは全くないのである。この格差をなんと言うべきか…差別であろう。
私たちはなんと野蛮な社会に生きているのだろうか?
従軍慰安婦、労務慰安婦という筆舌に尽くしがたい体験をした人々がいる。
映画『国境は燃えている』(バレリオ・ズルリーニ監督)に「慰安婦」募集のポスターを見て応募するシーンがある。結核に冒され何をも持たない女性(マリー・ラフォレ)である。彼女たちが集められ、前線地域に運ばれるストーリーである。彼女の選択が「任意」だと誰が証明できよう。
そして、慰安婦を「利用」した人々にも思いはいく。
正義も目的も無い戦争に駆り出され「慰安」のためとして女性を「提供」されることの無残。女性を道具としか思っていない発想と、兵隊には女性を与えておけばいいのだという差別心。兵隊に対する絶対的な蔑視。(兵隊の対義語は軍人)
映画『CASSHERN』(紀里谷和明監督)で家庭にいれば良き夫で良き父であるはずの男性(坂本:寺島進)が戦場では狂気に陥るという様は切なく辛かった。
そして映画『人間の條件』(小林正樹監督)にはなんと多くの性暴力・性犯罪が出てくることか…
性は暴力と独占欲に直結する。
だからいくら「風俗」があっても性犯罪が減らないのだが…
廃娼運動をやった人たちが命まで賭けたのは事実であり、大逆事件で犠牲になった人の中には遊郭反対運動をやった人がいる。つまり風俗はそれを運営する人たちにとっては利潤の高い経済行為であるため国家権力に近づくのである。
性は経済力や暴力の支配を受け易い。
日本は人身売買にちゃんとした対策をしていないと国連から勧告を受けている。昔の話しではなく、今の話しだ。無論ここで言われている人身売買は性労働を目的としたものだ。
女性のような被抑圧階層はまさしくその対象になる。少なくともどの国の女性であっても風俗に従事せざるを得ない女性を出さないこと、それが社会のひとつの大きな目的である。
こういう話題になると公娼制度を引き合いに出す人がいる。ドイツ(ハンブルグ)やオランダ(アムステルダム)や合州国(ネバダ州)などにあるが、それらは反社会的集団への収入源を断つという効果は生むかもしれない。
しかし、もっと簡単でもっと有効な方法がある。
女性に対する生活保障を積極的にすることだ。もし、女性限定にするなら法の下の平等に反すると言う人がいるだろう。ならば男女のスタートラインを一緒にしてもらいたい。正規雇用・不正規雇用率、給与格差、待遇格差を見てもスタートラインからして差別していることがあきらかだ。
そして、特に若い女性にだ。
なぜなら若いというだけで保障されないからだ。
若いからこそ搾取の対象になるのだから…