矢野陽子ひとり芝居 プレビュー公演
ハルモニの夢
楽士(趙博)が客席の後ろから現れ、鉦をならし門付け歌を歌いながらステージへと上がる。観客はその時点でステージの時代へと迷い込む。ステージにはたくさんの白菜と瓶がおいてあるだけで、下手にプク(朝鮮半島の太鼓)を中心とした楽器が置いてあるのみである。
矢野は登場すると包丁で白菜を切り始める。実は舞台の間ずっと白菜を切り、それを水で洗い、瓶に漬けるという行為をする。それはキムチを漬けているのだが、あたかも彼女の生きてきた時間軸の中心を為す行為のように見えるのだ。
その作業の間に「自分の歴史」を語り始める。朝鮮半島の植民地時代、結婚して日本に来た時、戦中・戦後、高度経済成長期、バブル期…その時代を象徴する歌を楽士が切々と奏で歌う。
子供の死、夫の死といった時間の経過の中で、彼女は自分がしてきた労働について語る。そして作り続けて来たキムチの事を語る。彼女はこう言う。
「この手がキムチを作ってきた。この手でキムチを作ってきた。」
その言葉には、労働をすることによってでしか自らを、家族を守れなかった者の悲哀と、食い物を作り続けて来た者の力強さがある。
私達は生きる事を迫られ、生きようとし、しかし死んで行く。その時間の流れの中でどれだけ自分の気持ちが込められるか、と問われているのだ。舞台のハルモニは一人ではない、多くのハルモニ達なのだ。在日・女性という二重のマイノリティーで呻吟し、在日・女性・貧困・戦争という数多くの抑圧の中でのたうちまわったハルモニ達なのだ。
楽士は満州で流行った「旅人の悲しみ」を歌って殖民政策下の流浪の辛さを表現し、大政翼賛会が一般公募で作った「日の丸兄弟」を歌うことによって欺瞞の中で差別された存在を見いだし、「ヨイトマケの歌」で底辺労働・使い捨て労働の日々を描き、植民地歌謡としてヒットした「他郷暮らし」で深い郷愁の念を表した。
神戸湾に沈む鉄屑を集めた在日の女性を「イヨド・サナ」で済州島の海女に例えた。
しかし矢野陽子が「この手で…この手が…」と言ったように、労働によってあらゆるものに抵抗してきた事が分かるのである。そしてそれにはあまりに多くの犠牲が必要だった事実が観客の胸に重くのしかかるのである。
戦争ではなく、敗戦後の栄養失調で子供を失った痛切さは、いつでも差別的な「死」というものを再確認させてくれるし、誰にも責任がとれない巨きさを表現して余りある。
2001年9月4日 シアターXにて
作 松江哲明
演出 永井寛孝
楽士 趙 博
照明 日高勝彦、音響 是安房雄、舞台監督 一色涼太