40年来の親友が死んだ。
それを知ったのは余命1週間を宣告された時、家族からあわてて連絡があったからだ。本人はもう意識がないとのことだった。
かつてジャズをやっていた仲間が急遽病室に集まった。
よくコピー演奏をしていたフレディー・ババードの『ストレイト・ライフ』(CTI)のCDをかけた。彼は意識がないものの、手で拍子をとっていた。
次に彼のアイドルだったコルトレーンの『セルフレスネス』のCDをかけた。私が「アルトなのにアルトのリーダーアルバムが1枚もないじゃないか」と言うと、明らかに笑った。彼のアルトのアイドルはジャッキー・マクリーンだったと思う。ソニー・クリスの音は好きだと言っていたし、エリック・ドルフィーに関しては「真面目すぎて聴くのが辛い」と言っていた。また、阿部薫の音源を息子が聴かせたら「俺の方がうまい」と言ったと言う。私も納得する。もっとも近かったプレイスタイルは阿部薫かもしれない。少なくともどちらが真似したという訳ではない。
その後コルトレーンの『セルフレスネス』のCDをかけた。
途中で看護師の処置が入ったため、病室を後にしようとした。すると彼は口を開き何か話そうとしたように見えた。すでに気管切開しているので言葉にならない。
ある友人のまだまだ持つという言葉から病室を後にして呑みに行った。その席で彼がある人の結婚式でアルトソロで演奏したマイウェイの話しになり、それがいかに名演だったかとなった。
「無言館」は戦死した画学生の作品を集めて展示している。御崎勝江が言ったのは、作曲をしていないかぎり音楽学校生の痕跡は何も残らないという慚愧の念だった。それがくやしいと言っていた。
エリック・ドルフィーも
When you hear music,After it's over,It's gone in the air,You can never capture it again.
と言っている。
呑み終わった後、挨拶だけしようと私と妻だけ病室に戻ると、彼は死んでいた。
親族から通夜の知らせが入り、通夜に行くと告別式でコルトレーンのTransitionを流すと聞いた。私は死に対して別段意味を見いだせないので、告別式に行くつもりはなかった。生まれてくることは奇跡だが、死ぬのは必然であるからだ。そして死は日常であるからだ。
ただTransitionを聴きたくて告別式へ行った。
会場にはタテカンがあり「今流れている音楽は故人の希望によります」とあり、コルトーンのTransitionが流れていた。私は聴きやすい天井のスピーカーを求めて行ったり来たりしていた。その音楽は出棺する段階で止んだ。
私は火葬場に行くつもりがなかったので、霊きゅう車を見送った後、会場に戻った。
私しかいなかった。
その時、DEAR LORD が始まった。
私はたった独りで、立ったまま、DEAR LORDを全部聴いた。素晴らしい演奏だった。
彼の最後のプレゼントだった…
