奪われた言語の哀しみ | leraのブログ

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白老でアイヌ語を教えている中野巴絵氏が「先住民族の10年ニュース」に以下のようなことを書いている。
 アイヌ語が禁止され、日常で使われなくなったため、携帯電話や自動車や冷蔵庫という言葉がない、と…

 この場合、誰がつくり、誰が使い、どう流布されるのか…全く見当もつかない。
 言葉を奪われると言う事は、けっして取り返しのつかないことなのだ。

 この哀しみは深く、暗い。