1936年松竹大船のトーキー映画である。
とにかく昭和ヒトケタの東京の風俗が面白い。
セリフのなかで「おおきに」と出てくる。関西の「おおきに」は「き」にアクセントがあり、どちらかというと「ありがとう」の意味が強い。(本来は「とても」とか「たくさん」だが)ここでの「おおきに」は「おお」にアクセントがあり、「おおきに、ごぶさた」といったように使い、やはり「とても」と言った意味だが、懐かしかった。
主人公は下谷の染物屋文吉(坂本武)。
家の作りも懐かしい。間口の土間が店舗になっていて奥に座敷がある。通い職人が二人いる。よく見かけたがあっという間になくなった風景だ。
文吉は寄席が好きで、いつも寄席に行っている。
その寄席が昔の「末廣」(人形町)と同じ桟敷で(と言っても一流の末廣より遥かに狭い小屋)、中央に花道のような木の「わたり」がある。それぞれ思い思いの場所に座っているのだが、向きがまちまちなのが可笑しい。
椅子席だとほとんどの人は自然と舞台を向く。
桟敷席だと向きがまちまちで、中には横を向いて速記本を読んでいる人もいる。
私の母方の祖父は日暮里で「浪花亭」という寄席をやっていて(親戚の話では安来節専門館だったというが)、母も手伝いで「お茶子」をやっていたと言う。腕のいい「お茶子」は握りこぶしひとつのアキがあると、一人座らせたと言う。
寄席の下足番がまた面白い。
履物を「に 六」などとと書かれたフックに吊り下げる。雪駄や下駄だったからできた。
何かが起こっては細君が文吉を探しにいくのだが、寄席か銭湯である。
銭湯のシーンでは脱いだものを入れる、関取が使っている明け荷(籐で漆塗り)のような四角い黒い番号の入ったケースに入れていて、あれは初めて見た。
彼には妹の「お徳」(飯田蝶子)がいて、彼女は浅草の米久で仲居をやっている。
この米久の店内が見事なのだ、おそらくセットだと思うのだが…その当時すでに「ロース」と注文している。仲居さんは客から酒を勧められたり、牛鍋を支度したり、昔普通にあった光景が懐かしい。ほとんどの仲居は自前で髪を結っている。別の会話で「きれ天神」という髪型が流行っているらしいことがわかる。私の祖母はすでに髪を結っていなかったが、祖母の友人は自前で結っていて子ども心には「とても怖かった」。
彼女は浅草に住んでいるのだが、一間の二階建だと思う。階下は一間にお勝手と便所があり、二階に部屋がある作りではないだろうか?
お徳には女手ひとつで育てた、法科に通っている自慢の息子誠一(徳大寺伸)がいる。
夫がお人好しで、人の保証で身代を潰し結局亡くなったことから、息子は法科にやった。
文吉は神社の石灯篭寄進の寄付金の徴収で町内のある人からクレームをつけられ、誠一に助言を求め、うまくいったという経緯から王子稲荷に妻のおきよ(吉川満子)と誠一を誘って遊びにいく。
そこには「中川家」という甘酒茶屋があり、この佇まいも懐かしい。(現在でも不忍池にあるが)そこで酒を飲んだ文吉は誠一と居酒屋へ呑みに行く。
この居酒屋で文吉は馴染みなのだが、小僧さん(少年)が働いている。歳の頃10歳位か…その少年が燗のついたお銚子を客の卓の上に運んだりしている。そこで、最近はやりの「バー」というところに行ってみようということになり、銀座の「バー」へ行く。
このバーの内装がすごいのである。
吉原の見世を意識したような豪華で歌舞いたような作りなのだ。女性は日本髪を結っている。
なんと、着飾った禿がいて「ナニナニさーん、何番へ」などと言っている。禿はもちろん幼女である。
文吉はそこで、芝神明で「お酌」をやっていた小太郎と偶然の再会をする。
彼女は、神明では「三年組とも、五年組とも言われた」(私には意味不明)人で、ダンナに引かれたがダンナが死んでここにいる、ということが分かる。確かに私の記憶にも「お酌」や「やとなさん」という言葉がある。
誠一と照子(小太郎)は引かれ合う。
照子は誠一に手紙を出し、ふたりは烏森神社(もちろん現在でもある新橋の)の縁日でデートをする。
ミニ盆栽を買い、大事に持っている。
彼女はアパートまで送ってほしいと言う。
そのアパートは築地にあり、船の汽笛が聞こえる。
ところが照子が妊娠してしまう。
照子はけして誠一に迷惑はかけない、子ひとり養う甲斐性はある、昔の仲間が大連で成功しているからそちらに移ることも考えている、と言う。誠一はなんとか責任を全うしたいと考える。
そこで、伯父の文吉に相談する。それが「やぶ系」の蕎麦屋なのだが、仲居さんの言葉の抑揚が現在の連雀藪のあの特徴のある言い方なのである。小上がりもそっくりなのだが、セットだと思う。しかも連雀藪にある焼のりの箱が卓に乗っているように見える。
文吉はこんなことがわかったら母親は狂ってしまうと言い、自分に子が無いから自分が外に作った子にすると言う。
文吉は妻のおきよに頭を下げて自らの不実を詫びると共に「子に責任はないから」と子とすることを懇願する。その時のおきよの演技はみごとである。
文吉はおきよのしぶしぶの承認を得て、照子を近くに転宅させる。そこは、下谷天神町三丁目の坂を下りた右側である。その転宅の時には誠一の母も手伝いに来るが、兄の「不始末のせい」という思いから照子を慰める。
照子は二度と誠一と会わないと心に決める。
ところが妊娠中毒症から腎不全を併発してしまう。(医師役は佐分利信)
真実を知らない文吉の妻おきよや誠一の母お徳が、薄幸な女としての、照子に寄せる情が溢れるシーンは胸に迫る。
データ
監督:五所平之助、原作:五所亭、脚色:池田忠雄、撮影:小原譲治、音楽:堀内敬三、美術:金須孝
1936(s11)松竹大船、白黒、スタンダード、1時間51分