声楽の浅田啓子師事生たちのコンサート「うたとピアノの夕べ」が8月23日高輪で開かれた。
中学から高校ぐらいの時、クラシックの声楽は嫌いだった。「なんであんなハイノートでキーキー言うのか」という認識だった。オペラに関しては「太った女の追っかけっこ」(これは映画「アマデウス」の中のアマデウスの台詞)。しかし、今一番好きなのが声楽とオペラ(オペレッタ、ジングシュピール、楽劇)なのだから、歳をとるって面白い。
師事生のM(sop)さんは6年ほど前にミュージカルの主役を聴いており、彼女との関係でもあった。彼女がとても上手くなっていたので、それこそアマチュアには聴こえなかったことに驚いた。表情や手の動きなどステージングも慣れていた。曲目もガーシュインの「サマータイム」、やなせたかし詞、木下牧子作曲の「ロマンチストの豚」、ソンドハイムのミュージカル『カンパニー』から「Being Alive」。
彼女らしい選曲だったが、「サマータイム」が素晴らしかった。ところが後の「Being Alive」(生きること)は人の情動に訴える熱唱だった。
彼女がどっち方面に進むのか知らないが、楽しみである。
H(sop)さんのヴィヴァルディの歌劇『ポントの王妃アルシンダ』の「わたしはあのジャスミンの花」(Io son quel gelsomoni)は知らない曲だったがとても良かった。
Y(bar)さんはどこかで見たことあるし、聴いたことがある。どこだか分からない。素晴らしいバリトンでシューマンの「恋人の恋」から7曲歌った。目が点になる感じで圧倒された。「ぼくは恨んだりしない」(Ich grolle nicht,und wenn das Herz)は特に感動的。
ところが次に出て来たH(m.sop)さんは歌った曲全てが素晴らしかった。
声は通るし、鼓膜にビンビンくる。音が割れる寸前の迫力音が声楽の魅力だと再認識させてくれた。
トリは浅田啓子師。
不思議な事に、あるいは当然なのか一番良かった。
どうしてだろう、と考えた。
声量といった問題ではなく「表現力」だと思う。
シューマンの『ミルテの花』から5曲歌い、中でもハイネ詩の「きみは花のように」(Du bist wie eine Blume)がよかった。
あっという間の2時間だったのだが、そののちに「余興」があった。
みんなで『夏の思い出』を歌おう、というのである。なぜなら作曲した中田喜直没後10年だからだ。
まず、ステージに歌った全員が出てきて、歌う。
次に観客も一緒に歌おう、というのである。
声楽家の歌の後に歌おうという人がいるだろうか?しかも私は一番前に座っているのだ。
歌が始まると、客席からぼちぼち声が聞こえる。しかし雑音。
私が一番前に座っているので、ステージの人たちがチラチラと私を見る。
しかたないので、声を出さず歌っているマネをした。
冷や汗かいた。
「あ」というのは、師事生たちのグループを「Group あ」というからだ。
時間や手間や権利の問題もあると思うが歌の対訳をつけてくれると嬉しいんだけどなあ。
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