ドイツにおける演劇と教育 2010.2.1
ドイツのヒルデスハイム(Hildesheim ハノーファーの南)大学は「演劇教育」を実践している大学で、その大学のヴォルフガング・シュナイダー教授が来日し、講演を聴く好機に恵まれた。
講演の前段では谷川道子教授(ブレヒト研究)や谷和明教授(文化制作)の、ドイツの演劇の現状と教育との関わりの解説があった。
ドイツでは全国122の市町村に149の公立劇場があり、全国62の市町村に217の私立劇場があり、それらが演劇企業体であり、さらに劇団組織を形成していると言う。(10万人以上の都市の80パーセント以上が劇場を持つ)
その環境のひとつの秘密は、中央都市集中がないことだと思う。人口8000万の国で、100万人以上の都市はなんと3都市(ベルリン300万人、ハンブルク165万人、ミュンヘン130万人、ちなみに4位のケルンは99万人)しかない。
そして、州が教育・学術・文化に関する権限を持っている。
また、予算も大きく、ほとんどの入場料収入の80パーセントを負担している。だから市民は8ユーロほどでほとんどの演劇が観られるのである。州の負担は40ユーロ位になろうか。これはナチス時代の反省から始まったことであり、中央統制ではない文化を大事にする姿勢である。
そして、日本のように舞台の種類によって劇場が分かれていない。ひとつの劇場でオペラ、オペレッタ、バレー、演劇、児童劇が演じられる。その劇場には専属劇団があり、平均300人前後の人員がいる(その半数は裏方)。
文化教育の一例として演劇教育(Theaterpaedagogik)がある。
これについてはシュナイダー教授の著書に詳しい(英文:Theatre for Early Years)。
演劇のもつ要素、効果として・コミュニケーション・差異体験・芸術参加などなどを挙げた。また、エンターテイメント(独文:Unterhaltung)の本来の意味「下から支えながらコミュニケイトする」(独:sich unter halten 英:self under hold)することが大事で、これは教えることと、学ぶことと、楽しむことが同意語。
ベンヤミンは1920年代に子どものための演劇教育を提案し「学校を閉じ舞台に置換える」と提唱した。
シュタイナー教授は0歳からの演劇を主張していて、大変刺激的だった。
質疑応答も活発だったのだが、教授の日本での最終日だっため時間が不足していた。よって私の質問したかったことは担当に託された。私が質問したかったことはふたつ。
・ゲッペルス(1922年大学卒業)は識字率の低い地域で最も宣伝効果のあるものは映画だとしニュース映画をはじめとして映画を量産する。1920年代に教育と演劇が接近したと言うが、識字教育との関係性はあったのか?
・演劇による教育の場合、演劇の表現の自由が守られねばならない。ドイツ基本法にも日本国憲法にも表現の自由は明記されているが、残念ながら学校現場の表現の自由は日本では守られているとは言えない。ドイツでは学校現場での表現の自由を守るシステムがあるのか?あるいは、表現に関して公権力の介入はないのか?
多くの人が舞台芸術に関係しているからこそ、演劇も映画もレベルが高いのだと思った。
受験という脅迫資本主義に家計費を拠出させる日本との差異はあまりに隔絶している。(ドイツでは多くの大学まで無料である)