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さいきん

今日はドホナーニ指揮クリーブランド響のモーツァルト後期交響曲を聴いていた。
ついでに同じコンビでソリストがコーエンのクラリネット協奏曲も聴いた。
どちらも良い調子だった。同じ曲で比べてないのでまだ断言は避けるが、最近聴いたベーム&ウィーンフィル、ミンコフスキとかよりもナチュラルで呼吸のようで、とても好みの演奏だった。
さいきんモーツァルトがどんどん良くなってきている。


さいきんと云えば2、3日前にサウナに行った。

そこで以前知り合いから薦められた「サウナ→水風呂」セットの入り方を初めてやってみた。

初めは冷たくて堪らない水風呂だったがある境界を越えたところから水風呂の快感を覚えていった。「水風呂に入るためのサウナ」概念を体感としても理解し始めていた。

「おーこれこれ」「気持ちええやんけ」と思いながら繰り返した3セット目?4セット目?後に浴場に設置のリクライニングなチェアで休んでた時に「それ」は訪れた。

多分サウナー云う所の「整う」て奴か?初めは良くわかんなかったが、眺めてる天井がゆっくりと動き、脳と全身がジンジンする強烈な快感がやって来て、そこで俺は色々な事を初めて、本当の意味で、理解した。


なるほどコレはすごいわ。
しばらくサウナ遊びにハマりそう。


サウナ中の特筆すべき事として、入浴中ほとんどひとつの事しか考えなかった。雑念が消えたということか。

テレビもないしスマホも当然持ち込んでないけどサウナ中は不思議と退屈しなかった。頭の中は浄化されて、ボーッとしてるような、一つのことのみを考え続けるような、悟りのような境地に達していた。


あとサウナ後に少し面白い体験をした。
知覚、特に嗅覚がその晩とてもセンシティブになって、コンビニのスルメの化学的な匂い?が気になったり、家の生活臭に敏感になったりした。
またその晩はやけにぐっすりと寝られた。


それとなんかサウナ後は食べものも健康的なもの、オーガニックなもの(カロリーの低いものというダイエッター的な意味ではなく、献立として健康的なもの)しか受け付けなくなりそうな感じで、実際サウナ後に血迷ってローストビーフ油そばみたいなものを食った事をとても後悔したりした。向かいの「てんや」か「もうやんカレー」にすりゃ良かった。
(サウナのレストランでも良かった)


またサウナの影響か、音楽もオーガニックなものしか受け付けなくなってるのか、モーツァルトとかしか聴く気にならない。


「整った」からなのかどうかはわからない。

マイブーム

モーツァルトの「ジュピター」ベーム&ウィーンフィル。「ピアノ協奏曲第23、27番」グート&オルフェウスかバックハウス&ベーム。

ベートーヴェンの「皇帝」ルービンシュタイン&バレンボイム、「ヴァイオリン協奏曲」シェリング&ハイティンク。

バッハ「ピアノ協奏曲第1番」ペライア&アカデミー室内管。

ブラームス「ピアノ協奏曲第2番」バックハウス&ベームかルドルフゼルキン&セル。「交響曲第4番」セル&クリーブランドかザンデルリンク&ドレスデン国立歌劇場。

チャーリー・ミンガス「クンビア&ジャズフュージョン」。

おとなの中二病

最近。

 

間章を読み、諸星大二郎を読み、アルバート・アイラーを聴き、チャーリー・パーカーを聴き、小杉武久のLPを検索し、古本に立ち寄り、、、

 

 

昔の感覚を懐かしく思い出し、浸っている。10年前くらい?楽しい。

 

そして。

 

この感覚が

自身の原点であると改めて思い出している。

 

 

いま、自分がたずさわっている仕事について、

 

なぜ我々は「劇場」に回帰し、「路上」へはみ出してゆくのか。

そのことを改めて自分なりに解釈し、考え、導き出さないといけないなということを思い出した。

 

 

考え方のベースとして、

自由でありアナーキーであり実験的であることに、

もっと自覚的であること。

 

 

「アイドルであるから」「若年であるから」を理由に、、、

 

手加減してはならない。

保守的であってはならない。

 

 

デストロイ根性でまたしばらく仕事を頑張ろうと思う。

 

 


 

 

 

 

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