「人生100年時代」といいます。けどこれが人にとって幸せなんかどうか...。そんな思いがよぎるのがこの作品、「ロストケア」(ひっさびさの邦画やわあ)。介護を必要とする高齢者を42人殺したと言う殺人犯松山ケンイチと犯罪はあくまで犯罪と言う信念を持つ検事長澤まさみが対峙します。ヒジョーに暗い映画ではありますがこの世の中「人生100年時代」を快適に生きる後期高齢者はほんの一握り。決して政府も放ったらかしではないと思うんですが、65歳以上の高齢者が人口の約3割を占めると言う我が国日本では当然、福祉ばかりにお金を使う訳にもいきません。国を守る防衛費を上げないと四方八方、頭のいかれた独裁国家に囲まれているわけですから、うーん、国がないと福祉も何もないわけですから。そういう、自分も前期高齢者の仲間入りまであと5年。身につまされる思いで観てました。
信州長野県の早朝。いつものように高齢者の父の自宅を訪れた主婦が、ベッドの上で死亡している父と階段の下で横たわる、訪問介護センターの所長の遺体を発見する。事件は当初、物取りに忍び込んだ介護センターの所長が老人を殺し、階段の上から転げ落ちて死んだものとしていたが、やり手の女性検事大友秀美はその介護センターの担当する高齢者の異常な死亡率に着目。その死亡が介護センターで働く一人の職員の休日に決まって起こることに気づく。職員の名前は斯波宗典。大友は事情聴取で斯波を尋問。斯波はあっさりとやったことを認めたが彼が主張するのは「殺人」ではなく「救い」だと言う。それを斯波は「ロストケア」と呼んだ。
斯波の勤務態度は良好、介護老人たちのどんな世話も嫌な顔一つせず、同僚たちからは頼られ、後輩からは慕われ尊敬されている。そして老人の家族たちからは全幅の信頼を置かれていた。そんな彼がなぜ...。斯波のこれまでの人生は悲惨そのものだった。両親が離婚。その後、父の手一つで育てられた斯波は就職したがその頃から父に痴呆が出始め退職。近所のアルバイトで食いつなぐものの父の痴呆は激しくなるばかりでアルバイトもままならなくなる。生活保護も受け付けて貰えず、父との二人きりの生活はまさに地獄そのものだった。ある日、父が正気の時に斯波に言う。
「宗典、俺を殺してくれ、お前に迷惑はかけたくないんだ...。」
実は大友にも痴呆の気が出だした母親がいた。彼女の母親もまた大友の父と離婚し検事へと出世していく娘の邪魔になるまいと自ら老人ホームへ入居した。日ごと痴呆の気が出てくる母親に成す術もなく黙って見守るしかない。そして彼女にはもう一つの負い目があった。
似たような境遇でありながら全く違う人生を歩んできた斯波と大友。日本の政府の政治の在り方を告発し、「ロストケア」と呼ぶ自らの行いを正しいことであると主張する斯波に対し、それを勝手な理論、あくまでも殺人は殺人として告発する大友は多くの矛盾を抱えながら斯波と対峙していくことになる。
この作品はあまりにも重すぎる問題提起をしていますが答えは出ていません。正直に言うと松山が正論で長澤が偽善と感じたのは自分だけではないはずです。そこでこの作品は2つの答えを用意したんだと思います。斯波の行なった「大量殺人」の中の二組の遺族が物語の「例」として描かれています。戸田菜緒演じる主婦は発覚するきっかけとなる「被害者」の遺族です。彼女は昼は年老いた父親の介護と子供の世話、夜は夫の居酒屋の手伝い。限界に来ています。そして斯波に全幅の信頼を寄せていた。信じられなかった。法廷で叫ぶのは彼女です。「斯波っ!人殺しっ!父さんを返せっ!」
もう一方の遺族。坂井真紀演じるシングルマザー。パートで働き、必死で幼い娘を育てながら母の介護をする。だけどその母は娘どころか目に入れても痛くないはずの孫娘のことさえも分からない。それどころか危害さえ加えようとする。これまた地獄です。彼女は逆に斯波が犯人だと知っても「なんだかほっとしました」と言い安らぎを覚え、あろうことか次の人生の幸せを摑もうとします。でも観ている者はそれを「非常識」とは言わない。
答えがない、正解がない、とはこういうことなんだなと思いました。
自分の母親は自分が大学を卒業するとき、47歳と言う若さで亡くなりました。つい3年前、父も84歳で亡くなりました。どちらもどんな姿になってもいい、生きていてほしいと思いました。けどつい先日、クライアントでもあり友人でもある方で母親を介護されている人からこう言うことを言われました。
「殺してやりたい、早く逝ってくれへんかな」
自分が思ったことと逆のことを言われています。つくづく自分が甘いのだと思い知らされます。絶対に言ってはいけない、考えてはいけないことが出てしまうのが介護なんでしょうね。自分にはその経験がないから...。
なにが幸せで何が不孝かわかりません。父も母も子供の世話にはなりたくなかったでしょうし、母親の病気の時は当然父親も元気で働いていました。自分は大学生で比較的時間がありましたから世話の真似事のようなこともできましたが父親の時は逆に妹たちに任せっきり。父も痴呆なんてものもないうちに亡くなりましたから...どうなんやろなー。つらつらと自らの体験を書き綴りましたが、自分自身もあっと言う間に終幕も近づいてきます。2年前は痴呆なんてものもないままに亡くなる寸前で助かりましたが、「不治の病」が段々と「不治の病」と言われなくなる時代に次から次へと人間は常に「厄介な」ものを背負って生きているもんやね。生き残れば生き残るほど「老い」と言う敵は巨大となります。ああ、自分はどういう結末を迎えるんやろう?と昨年秋に行ってきた信州の豊かで静かな自然を背景を目の当たりにしながら、うーん、何とも暗い気持ちにさせてくれる作品です!